実るほど頭を垂れる稲穂かな(みのるほどこうべをたれるいなほかな)
稲穂は実れば実るほど重みで頭を垂れるように、人も学び経験を積んで立派になるほど、謙虚な姿勢を持つべきだということわざ。
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そのまま使える例文
就任の挨拶で「実るほど頭を垂れる稲穂かな、といいます。役職が付いた今こそ、現場の話を聞く時間を増やします」と述べた。
深掘りに備える — 由来
五・七・五の句形をとるが、詠んだ人物は伝わっておらず、詠み人知らずの句として広まった。『ことわざを知る辞典』(小学館)はこの句の出典として、近世の俳諧論書『毛吹草』(松江重頼編、正保二年=1645年刊)を挙げている。
聞かれたら: 「『毛吹草』に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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五・七・五の句形をとるが、詠んだ人物は伝わっておらず、詠み人知らずの句として広まった。『ことわざを知る辞典』(小学館)はこの句の出典として、近世の俳諧論書『毛吹草』(松江重頼編、正保二年=1645年刊)を挙げている。『毛吹草』は俳諧の作法と作例をまとめた書で、巻二に収める世話(ことわざ)の集成が古くから俚諺の資料として知られてきた。ただし、この句を誰が詠んだかを示す記録は確認できない。「頭(こうべ)」は首から上を指す古い言い方で、「頭を垂れる」は頭を下げる、へりくだる意である。稲は実が入るほど穂が重くなって垂れ下がる。その姿を、学問や徳を積んだ人ほど他人に対してへりくだるさまに重ねている。「実るほど頭の下がる稲穂かな」という形もあり、デジタル大辞泉はこちらを見出しに立てている。実った稲だけが垂れるという点が要で、まだ実の入らない穂は立ったままであるという対比が、この句の含みにあたる。
似た語と間違えない
「能ある鷹は爪を隠す」が力を見せない振る舞いの巧みさを言うのに対し、この句は力が付いたときに態度がどう変わるかという内面の向きを言う。「虚心坦懐」はわだかまりのない心の状態そのものを指し、実りとの因果は含まない。「剛毅木訥」は飾らない人柄の形容で、成長に伴って謙虚になるという時間の経過は含意しない。
対義語: 傍若無人、夜郎自大
こんなシーンで使う
スピーチや面接で、立場が上がった局面の心構えを述べる場面に向く。聴衆には「地位で態度を変えない人」と映りやすく、就任や昇進の挨拶では場に合った引き方になる。ただしこの句は「実った人ほど頭を垂れる」と言っているため、自分の座右の銘として掲げると、自分は実っている側だと名乗って聞こえることがある。人前で使うなら「そうありたい」「思い出すようにしている」と、届いていない目標として置くのが安全である。他人を評する場面で使うと褒め言葉になるが、上から採点する響きが出る点にも注意したい。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 実るほど頭を垂れる稲穂かなの類義語は?
- 能ある鷹は爪を隠す、虚心坦懐、温厚篤実、剛毅木訥
- 実るほど頭を垂れる稲穂かなはどんな場面で使いますか?
- 面接で聞かれたとき、スピーチで使うとき
- 実るほど頭を垂れる稲穂かなの由来は?
- 五・七・五の句形をとるが、詠んだ人物は伝わっておらず、詠み人知らずの句として広まった。『ことわざを知る辞典』(小学館)はこの句の出典として、近世の俳諧論書『毛吹草』(松江重頼編、正保二年=1645年刊)を挙げている。