虚心坦懐(きょしんたんかい)
先入観やわだかまりを捨て、素直でおおらかな心でいること。
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そのまま使える例文
新任の部長は就任の挨拶で「まずは虚心坦懐に、皆さんの話を聞くところから始めます」と述べた。
深掘りに備える — 由来
出典は特定されていない。四字熟語としての古い漢籍の用例は確認されておらず、日本国語大辞典が挙げる早い用例は里見弴『桐畑』(一九二〇年)の「虚心坦懐に話すことが出来た」である。
聞かれたら: 「出典は特定されていない。」と正直に答えるのが最も強い。
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出典は特定されていない。四字熟語としての古い漢籍の用例は確認されておらず、日本国語大辞典が挙げる早い用例は里見弴『桐畑』(一九二〇年)の「虚心坦懐に話すことが出来た」である。構成要素のうち「虚心」は古典によく見える言葉で、『老子』第三章の「其の心を虚しくして、其の腹を実たす」(原文「虚其心、実其腹」)がよく知られる。一方の「坦懐」には古い典故がなく、「坦」は平らであること、「懐」は心を表し、好き嫌いにとらわれない平らな心という字義を持つ。四字熟語を知る辞典はこれを、似た意味の言葉を二つ重ねた熟語と説明している。近代以降は大岡昇平『俘虜記』(一九五二年)、小林秀雄『真贋』(一九七七年)などにも使用例がある。
似た語と間違えない
「明鏡止水」は曇りのない静かな心の状態そのものを言い、「無念無想」は雑念を離れた無心の境地に重心がある。「虚心坦懐」はそれらと違い、先入観やわだかまりを捨てて人の話や物事に向き合うという、相手や対象に対する構えを表す言葉である。
こんなシーンで使う
就任の挨拶や話し合いの冒頭で「先入観を持たずに聞く」という姿勢を示す語として収まりがよく、聞き手には「前任者や過去の経緯にとらわれない人だ」という印象を与える。面接で使う場合は、人の意見を素直に受け止めた経験と結びつければ、面接官にも吸収力のある人物として伝わる。ただし相手との対立や因縁がある場面で「虚心坦懐に」と言うと、自分だけ水に流したような言い方になりかねないので、相手に求めるのではなく自分の側の構えとして使うのが無難である。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 虚心坦懐の類義語は?
- 明鏡止水、無念無想、虚心平気
- 虚心坦懐の由来は?
- 出典は特定されていない。四字熟語としての古い漢籍の用例は確認されておらず、日本国語大辞典が挙げる早い用例は里見弴『桐畑』(一九二〇年)の「虚心坦懐に話すことが出来た」である。