千里の道も一歩から(せんりのみちもいっぽから)
どんなに遠く大きな目標であっても、まずは目の前の小さな一歩を踏み出すことから始まるということわざ。大きな挑戦を前にしり込みせず、行動を起こす大切さを表す。
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そのまま使える例文
面接で「座右の銘は『千里の道も一歩から』です。大きな目標は、初週にやることまで分けてから始めます」と答えた。
深掘りに備える — 由来
『老子』第64章の「千里之行、始於足下」に由来する。原文は「合抱之木、生於毫末、九層之臺、起於累土、千里之行、始於足下」と並ぶ一節で、ひと抱えもある大木は細い芽から育ち、九層の高台は一盛りの土から始まり、千里の道も足もとの一歩から始まる、という趣旨である。
聞かれたら: 「『老子』第64章「千里之行、始於足下」に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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『老子』第64章の「千里之行、始於足下」に由来する。原文は「合抱之木、生於毫末、九層之臺、起於累土、千里之行、始於足下」と並ぶ一節で、ひと抱えもある大木は細い芽から育ち、九層の高台は一盛りの土から始まり、千里の道も足もとの一歩から始まる、という趣旨である。ただし第64章全体は、事が大きくなる前のうちに手を打つべきだという文脈でも読まれる箇所であり、本来は放置すれば大事になるという警めの含みを持つ表現だったと説明される。現在の日本語では「大きな事業も手近な一歩から始まる」という前向きな励ましとして定着している。「千里」はきわめて遠い道のりのたとえで、特定の距離を指すわけではない。
似た語と間違えない
「塵も積もれば山となる」が小さなものが積み上がる量の側を語るのに対し、この言葉は最初の一歩という起点の側を語る。「蒔かぬ種は生えぬ」は行動しなければ結果は出ないという因果の戒めで、着手しない相手を諭す向きに使われる。英語形の "The journey of a thousand miles begins with a single step." は同じ原典の訳で、意味の重心も近い。
対義語: 一足飛び、一気呵成
こんなシーンで使う
面接やES、部やチームの目標宣言で、大きな課題を目の前の作業に分けて着手する進め方を語る場面に向く。聞き手には「量に圧倒されず手をつけられる人」と映りやすい。ただし「まず一歩から」で結ぶと、その先を続けたのかが伝わらない。踏み出したあとに何をどこまで積んだかを添えると、着手の速さと継続の両方が伝わる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 千里の道も一歩からの類義語は?
- The journey of a thousand miles begins with a single step.、塵も積もれば山となる、蒔かぬ種は生えぬ
- 千里の道も一歩からはどんな場面で使いますか?
- 面接で聞かれたとき、ESに書くとき
- 千里の道も一歩からの由来は?
- 『老子』第64章の「千里之行、始於足下」に由来する。原文は「合抱之木、生於毫末、九層之臺、起於累土、千里之行、始於足下」と並ぶ一節で、ひと抱えもある大木は細い芽から育ち、九層の高台は一盛りの土から始まり、千里の道も足もとの一歩から始まる、という趣旨である。