蒔かぬ種は生えぬ(まかぬたねははえぬ)
種をまかなければ芽は出ないように、自分から行動を起こさなければ、良い結果は得られないということわざ。
最終更新日:
そのまま使える例文
面接で「座右の銘は『蒔かぬ種は生えぬ』です。気になった勉強会には、誘われるのを待たずに自分から申し込んできました」と答えた。
深掘りに備える — 由来
出典は特定されていない。特定の人物の発言や古典の一節に遡れる記録は確認できず、故事ことわざ辞典の類でも出典欄は空のまま扱われている。
聞かれたら: 「出典は特定されていない。」と正直に答えるのが最も強い。
由来の全文を読む
出典は特定されていない。特定の人物の発言や古典の一節に遡れる記録は確認できず、故事ことわざ辞典の類でも出典欄は空のまま扱われている。『上方いろはかるた』の札の一つとして採録されており、かるたを通じて広く覚えられた言い回しと考えられるが、成立の時期を示す資料は確認できていない。言葉そのものは農事をそのまま写したもので、種を蒔かなければ芽は出ず収穫もない、という当たり前を、原因のないところに結果は生じないという教訓に重ねている。同じ発想の言い回しには「打たぬ鐘は鳴らぬ」「春植えざれば秋実らず」があり、逆の側から言った「棚から牡丹餅」と対にして覚えられてきた。
似た語と間違えない
「為せば成る」がやればできるという達成の可能性まで踏み込むのに対し、「蒔かぬ種は生えぬ」は着手しない限り可能性がゼロだという否定形の主張にとどまる。踏み出す勇気を説く点では近いが、結果を約束していない分だけ言い方が慎重である。「棚から牡丹餅」は何もしないところに幸運が来る話で、ちょうど裏返しの関係にある。
対義語: 棚から牡丹餅、果報は寝て待て
こんなシーンで使う
面接やESで、機会が回ってくるのを待たずに自分から動いた経験を語る場面に向く。面接官には「指示を待たずに手を挙げられる人」と映りやすい。ただしこの言葉は「蒔かなければ生えない」までしか言っておらず、蒔けば必ず生えるとは言っていない。応募した・声をかけたという着手だけを並べると、結果に結びつかない行動量の申告に聞こえる。蒔いた種のどれが芽を出したかまで語れる場面で使いたい。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 蒔かぬ種は生えぬの類義語は?
- 打たぬ鐘は鳴らぬ、春植えざれば秋実らず、為せば成る
- 蒔かぬ種は生えぬはどんな場面で使いますか?
- 面接で聞かれたとき、ESに書くとき
- 蒔かぬ種は生えぬの由来は?
- 出典は特定されていない。特定の人物の発言や古典の一節に遡れる記録は確認できず、故事ことわざ辞典の類でも出典欄は空のまま扱われている。