上善は水の如し(じょうぜんはみずのごとし)
最高の善とは水のようなものだ、ということ。万物を潤して役に立ちながら、争わず、人が嫌う低い所にも身を置く水の姿を、理想のあり方にたとえた言葉。
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そのまま使える例文
面接で「座右の銘は上善は水の如しです。相手や状況に合わせて形を変えながら、まず役に立つことを考える姿勢を大切にしています」と答えた。
深掘りに備える — 由来
『老子』八章の冒頭「上善若水」に由来する。王弼本の本文は「上善若水。
聞かれたら: 「『老子』八章に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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『老子』八章の冒頭「上善若水」に由来する。王弼本の本文は「上善若水。水善利萬物而不爭、處眾人之所惡、故幾於道」と続き、水は万物に恵みを与えながら争わず、人が嫌う低い所に落ち着くから、道(老子の説く根本の原理)に近い、という意味になる。章はさらに「居善地、心善淵、與善仁、言善信、正善治、事善能、動善時」と、居場所・心・人との付き合い・言葉・政・仕事・時機の七つについて「善」の条件を挙げ、「夫唯不爭、故無尤(そもそも争わないから、とがめを受けない)」で結ぶ。デジタル大辞泉の見出しは「上善水の如し」で、本辞典が採る「は」を入れた形は訓読の揺れの一つである。出典の一文が原典で「居善地(低い所に居ることを善しとする)」などと具体的に展開されていることまで押さえておくと、「なぜ水なのか」と聞かれても答えられる。
こんなシーンで使う
面接官や聴衆には、角が立たず協調的で、まず人の役に立とうとする人柄として届きやすい。一方で「争わない」だけが前面に出ると、意見を言わない受け身の人にも聞こえるので、「引き受けた役割」や「相手に合わせて進め方を変えた具体例」を添えて、水の働きの側を語るのが安全である。スピーチでは「老子の一句です」と一言添えるだけで格が出るが、読みは「じょうぜんはみずのごとし」と一度で通じにくく、「若」を「如し」と読む点も紙面では補足したい。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 上善は水の如しはどんな場面で使いますか?
- 面接で聞かれたとき、スピーチで使うとき
- 上善は水の如しの由来は?
- 『老子』八章の冒頭「上善若水」に由来する。王弼本の本文は「上善若水。