百聞は一見に如かず(ひゃくぶんはいっけんにしかず)
人から何度も聞くより、自分の目で一度見るほうが確かで、よくわかる、ということ。
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そのまま使える例文
面接で「百聞は一見に如かずと考え、志望理由を固める前に工場見学に二度参加し、現場の方に話を聞きました」と答えた。
深掘りに備える — 由来
出典は『漢書』趙充国伝で、紀元前一世紀の前漢の出来事である。羌の反乱に際し、七十余歳の将軍・趙充国は、誰が将軍にふさわしいかと問われて「老臣に及ぶ者はいない」と答えた。
聞かれたら: 「『漢書』趙充国伝「百聞不如一見に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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出典は『漢書』趙充国伝で、紀元前一世紀の前漢の出来事である。羌の反乱に際し、七十余歳の将軍・趙充国は、誰が将軍にふさわしいかと問われて「老臣に及ぶ者はいない」と答えた。さらに、羌をどう見積もり、何人の兵が要るかと問われた場面で、原文は「百聞不如一見。兵難隃度、臣願馳至金城、圖上方略」(百聞は一見に如かず。兵は隃かにして度り難し。臣願わくは馳せて金城に至り、図して方略を上らん)とある。つまり、遠く離れた前線の事情は聞き伝えでは見積もれないので、自分が現地へ行って策を立てたい、という申し出の言葉である。ことわざを知る辞典によると、日本では古くは同じく漢籍由来の「千聞一見に如かず」もよく用いられた。「如かず」は「及ばない」の意で、英語の Seeing is believing にあたる。
こんなシーンで使う
面接官や採用担当には、現場へ足を運んで確かめる行動力の言葉として聞こえる。ただし「見に行きました」だけでは観光や見学の話に終わりやすい。見て何が想像と違ったか、その結果どう判断を変えたかを一つ添えると、深掘りに耐える。他人の報告や資料を軽んじる言葉ではないので、会議で相手の報告に向けて使うと「聞く価値がない」と受け取られる恐れがある。使うのは自分の行動を語るときが安全である。「一見」は「いっけん」と読み、「いちげん」ではない。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 百聞は一見に如かずはどんな場面で使いますか?
- 面接で聞かれたとき、ESに書くとき
- 百聞は一見に如かずの由来は?
- 出典は『漢書』趙充国伝で、紀元前一世紀の前漢の出来事である。羌の反乱に際し、七十余歳の将軍・趙充国は、誰が将軍にふさわしいかと問われて「老臣に及ぶ者はいない」と答えた。