知行合一(ちこうごういつ)
知識として知っていることと実際の行いは本来一つであり、知ったことは行動に移してこそ意味があるという考え方を表す言葉。中国明代の思想家・王陽明が説いた陽明学の中心的な教え。
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そのまま使える例文
面接で「知行合一を座右の銘にしています。学んだ手法を現場で試すところまでを一つの学習だと考えています」と答えた。
深掘りに備える — 由来
中国明代の思想家・王陽明(おうようめい、1472〜1529年)が説いた陽明学の中心命題。門人が師の言行を筆録した『伝習録』巻上に「知是行的主意、行是知的功夫、知是行之始、行是知之成」(知は是れ行の主意、行は是れ知の功夫、知は是れ行の始めにして、行は是れ知の成るなり)とある。
聞かれたら: 「王陽明『伝習録』巻上に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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中国明代の思想家・王陽明(おうようめい、1472〜1529年)が説いた陽明学の中心命題。門人が師の言行を筆録した『伝習録』巻上に「知是行的主意、行是知的功夫、知是行之始、行是知之成」(知は是れ行の主意、行は是れ知の功夫、知は是れ行の始めにして、行は是れ知の成るなり)とある。知は行いの目当てであり、行いは知を実らせる工夫である、知ることは行いの始まりで、行うことで知が完成する、という趣旨である。当時の主流であった朱子学が「まず万物の理を窮め、それから実践に向かう」(知先行後)と説いたのに対し、王陽明は知ることと行うことは同じ心の良知から発する分けられない働きだと主張した。知っていながら行わないのは、まだ本当に知ってはいない、という立場である。日本では江戸初期の中江藤樹や大塩平八郎が受け継ぎ、幕末の志士たちにも影響を与えたとされる。
似た語と間違えない
「有言実行」が口に出した以上はやり遂げるという宣言と実行の順序に重心があるのに対し、「知行合一」は知ることと行うことをそもそも分けないという考え方そのものを指す。「実践躬行」が理屈より自ら実行することを重んじる態度を表すのに対し、知行合一は行ってはじめて知ったことになるという認識の立場まで含む。
対義語: 言行不一致、知先行後
こんなシーンで使う
面接やESで、学んだことを実際に試したという経験を語る場面に向く。聞き手である面接官は「知っている人」と「やってみた人」を分けて見るため、知識の量ではなく、その知識をどこでどう試したかを添えると効く。ただし陽明学の中心命題として知られる語で、由来を問われる可能性が高い。王陽明と『伝習録』を語れない状態で掲げると、言葉だけを借りた印象になりやすい。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 知行合一の類義語は?
- 有言実行、実践躬行
- 知行合一はどんな場面で使いますか?
- 面接で聞かれたとき、ESに書くとき
- 知行合一の由来は?
- 中国明代の思想家・王陽明(おうようめい、1472〜1529年)が説いた陽明学の中心命題。門人が師の言行を筆録した『伝習録』巻上に「知是行的主意、行是知的功夫、知是行之始、行是知之成」(知は是れ行の主意、行は是れ知の功夫、知は是れ行の始めにして、行は是れ知の成るなり)とある。