座右の銘

青は藍より出でて藍より青し(あおはあいよりいでてあいよりあおし)

弟子が師よりもすぐれた者になることのたとえ。青色の染料は藍という草から取るが、できた青は原料の藍よりも青いことから言う。「出藍の誉れ」は、師を超えた弟子に与えられる評判を指す同じ趣旨の語。

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この語を使ってよい場面◎最適 ○使える △注意
◎スピーチ送別会や恩師への挨拶で、教えた側の面目も立てる褒め言葉になる
○ES教えてくれた人への敬意を述べたうえで、超える覚悟として書くなら使える
注意: 自分に向けて「師を超えた」と言うと傲慢に聞こえる。原文の主題は「学問はやめてはならない」という勧めである。

そのまま使える例文

スピーチ

恩師の送別会で「教え子の中から全国大会の優勝者が出ました。青は藍より出でて藍より青しと申します。先生のおかげです」と挨拶した。

スポーツ後輩が大会で自分の記録を抜いた。青は藍より出でて藍より青し、と素直に祝福した。
ESESに「座右の銘は青は藍より出でて藍より青しです。指導してくれた先輩の練習を土台に、先輩の記録を超えることを目標にしました」と書いた。
部の年間スローガンに「出藍の誉れ」を掲げ、今年こそ先輩たちの記録を更新すると宣言した。

深掘りに備える — 由来

出典: 『荀子』勧学篇「青、取之於藍而青於藍」

中国の思想書『荀子』勧学篇の冒頭近くの一節に基づく。維基文庫の本文では「君子曰、學不可以已。

聞かれたら: 「『荀子』勧学篇「青、取之於藍而青於藍」に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。

由来の全文を読む

中国の思想書『荀子』勧学篇の冒頭近くの一節に基づく。維基文庫の本文では「君子曰、學不可以已。青、取之於藍而青於藍、冰、水為之而寒於水」とあり、君子は言う、学問はやめてはならない、青は藍から取るが藍より青く、氷は水からできるが水より冷たい、という意味になる。唐の楊倞はこれに「学ぶことで才がもとの本性を越えることのたとえ」と注している。デジタル大辞泉と精選版日本国語大辞典がこの勧学を出典とする。写本や版本によっては「藍より取りて」でなく「藍より出でて」と書かれ、故事成語を知る辞典は「出藍」の語がその本文に基づくと説明する(四庫全書本は「青出之於藍」)。ここで押さえたいのは、原文の主題が師弟の逆転ではなく「学問は途中でやめるな」という勧めだという点である。故事成語を知る辞典も、努力を続ければ指導者より優れた結果を出せるという解釈だと述べる。日本での用例は、日国が引く江戸後期の随筆『蜘蛛の糸巻』(1846年)の「出藍の才子」や、福沢諭吉『福翁百話』(1897年)の「出藍の喩」などがある。

似た語と間違えない

青は藍より出でて藍より青し弟子が師よりもすぐれた者になることのたとえ。
出藍の誉れ
出藍

「出藍の誉れ」は師を超えた弟子の評判を名詞的に言う形で、この句は藍と青の対比で述べる一文である。意味は同じなので入れ替えられるが、スローガンには四字で掲げやすい前者、挨拶には由来が伝わる後者が向く。『荀子』では後半の「氷は水より出でて水より寒し」と対になっており、どちらも原料より優れた出来を言う。藍があって初めて青があるという構図のため、師の恩を含む点が、本人の才だけを讃える語とは違う。

こんなシーンで使う

本来は弟子や後輩の成長を称える言葉で、送別会や恩師への挨拶など「教えた人が育った」と感謝を伝える場面に収まりがよい。聞く側の師にとっては、自分の教えが実ったという面目を立ててくれる褒め言葉になる。反対に、自分に向けて「私は師を超えた」と言うと、聞き手には傲慢な自己評価に聞こえる。面接やESで使うなら、藍にあたる教えてくれた人への敬意を先に述べ、超えるという覚悟として語るほうが誠実に届く。

以下のテーマ・シーンでよく使われます。

よくある質問

青は藍より出でて藍より青しの類義語は?
出藍の誉れ、出藍
青は藍より出でて藍より青しはどんな場面で使いますか?
スピーチで使うとき、ESに書くとき
青は藍より出でて藍より青しの由来は?
中国の思想書『荀子』勧学篇の冒頭近くの一節に基づく。維基文庫の本文では「君子曰、學不可以已。
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