そのまま使える例文
「百折不撓を座右の銘としています」と面接で語り、粘り強さをアピールした。
深掘りに備える — 由来
「百折不撓」は、後漢の学者・蔡邕が政治家・橋玄(喬玄とも書く)のために書いた碑文に由来する。台湾教育部『成語典』は典拠を「太尉喬玄碑」(『漢魏六朝百三家集』巻十九所収)とし、精選版日本国語大辞典は同じ碑を「大尉橋公碑」の名で挙げるなど、碑名の表記には揺れがある。
聞かれたら: 「蔡邕「太尉喬玄碑」に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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「百折不撓」は、後漢の学者・蔡邕が政治家・橋玄(喬玄とも書く)のために書いた碑文に由来する。台湾教育部『成語典』は典拠を「太尉喬玄碑」(『漢魏六朝百三家集』巻十九所収)とし、精選版日本国語大辞典は同じ碑を「大尉橋公碑」の名で挙げるなど、碑名の表記には揺れがある。碑文は橋玄の人柄を「其の性は荘(おごそ)かにして、華を疾(にく)み朴を尚(たっと)び、百折不撓、大節に臨みて奪うべからざるの風有り」(厳格で華美を嫌い質朴を尊び、何度挫折しても志を曲げず、重大な局面でも意志を奪われない気風があった)と称える。『成語典』によれば、橋玄は不正を働く官吏を告発・弾劾した硬骨の人で、幼い息子が強盗に人質に取られた際も、悪人を見逃すわけにはいかないとして官兵に突入を促し、息子は命を落とした。碑文の「百折不撓」は、こうした生き方への評価として書かれた言葉である。「百折」は幾度も折れること、「不撓」はたわまないことで、「百」は具体的な回数ではなく多さを表す。日本語の用例として、精選版日本国語大辞典は『歩兵操典』(1928年)の「百折不撓の勇気を現し」を、四字熟語を知る辞典は柏原兵三『徳山道助の帰郷』(1967年)を挙げている。
似た語と間違えない
辞典が類義語に挙げる「不撓不屈」が屈しない意志の強さそのものに焦点を当てるのに対し、「百折不撓」は「百折」という言葉どおり、繰り返し訪れる挫折の多さを前提とした上でなお屈しないことを強調する。一部の四字熟語辞典は「七転八起」も類義語に挙げるが、七転八起が転んでは起き上がる浮き沈みの動きを描くのに対し、百折不撓は志を曲げないという一貫した姿勢そのものに重心がある。
こんなシーンで使う
「百」という字が持つ「何度も」というニュアンスから、一度や二度ではなく繰り返し困難に見舞われた末に志を貫いたという長期にわたる粘り強さを語りたいときに向く。面接官には「不撓不屈」よりやや硬く由緒ある響きに聞こえ、由来まで話せれば知的な印象を与えやすい。一方、「撓」は常用漢字表にない字で、耳で聞いただけでは漢字が浮かばない相手も多い。口頭では「何度折れても曲がらない、という意味の百折不撓です」と意味を一言添えると伝わる。読みは「ひゃくせつふとう」が一般的で、一部の四字熟語辞典は「ひゃくせつふどう」も併記している。書き初めや色紙に書く場合は「撓」の字形を辞書で確かめておきたい。深刻な挫折を経ていない場面で使うと、言葉の重みと実際のエピソードが釣り合わず誇張した印象になる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 百折不撓の類義語は?
- 不撓不屈
- 百折不撓の由来は?
- 「百折不撓」は、後漢の学者・蔡邕が政治家・橋玄(喬玄とも書く)のために書いた碑文に由来する。台湾教育部『成語典』は典拠を「太尉喬玄碑」(『漢魏六朝百三家集』巻十九所収)とし、精選版日本国語大辞典は同じ碑を「大尉橋公碑」の名で挙げるなど、碑名の表記には揺れがある。