苦あれば楽あり(くあればらくあり)
つらく苦しいことがあれば、その後には必ず楽しいことや良いことがやってくるということわざ。今の苦労もいつか報われると信じて前向きに頑張る姿勢を表す。
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そのまま使える例文
新人研修の締めくくりの挨拶で「苦あれば楽ありと言います。今は覚えることばかりですが、半年後には後輩に教える側に立てます」と述べた。
深掘りに備える — 由来
出典は特定されていない。特定の古典や人物の言葉に遡れる記録は確認できず、故事ことわざ辞典の類でも出典欄は空のまま扱われている。
聞かれたら: 「出典は特定されていない。」と正直に答えるのが最も強い。
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出典は特定されていない。特定の古典や人物の言葉に遡れる記録は確認できず、故事ことわざ辞典の類でも出典欄は空のまま扱われている。対になる「楽あれば苦あり」が江戸いろはがるたの札として採録されており、二つを続けた「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」の形で古くから並び称されてきた。同じ趣旨の言い回しには「楽は苦の種、苦は楽の種」がある。近代の用例としては、林芙美子の小説『お父さん』(1947年)に「おとうさんが、楽あれば苦あり、苦あれば楽ありとおっしゃったことが」という一節があり、遅くともこの頃には家庭で語り継がれる教訓として定着していたことがうかがえる。ただし、いつ誰の言葉として生まれたのかを示す資料は確認できていない。
似た語と間違えない
「楽あれば苦あり」と対句をなすが、向きが逆である。あちらは今の安楽に気を緩めるなという戒めで、「苦あれば楽あり」は今の苦しさを引き受けるための励ましにあたる。「石の上にも三年」が耐える期間を年数で具体的に示すのに対し、この語は苦と楽が入れ替わることそのものを言い、期間には触れない。
対義語: 楽あれば苦あり、好事魔多し
こんなシーンで使う
スピーチやチームへの声かけで、いま続いている苦しさに区切りがあると示したい場面に向く。聞き手には「先を見たうえで今を引き受けている人」と映りやすい。ただし言い切りの形をとるぶん、苦しんでいる当人ではなく外から見ている側が口にすると、他人事の慰めに聞こえることがある。自分が同じところを通った経験を添えるか、これから共に引き受ける立場から述べると言葉が届きやすい。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 苦あれば楽ありの類義語は?
- 楽は苦の種、苦は楽の種、艱難汝を玉にす、石の上にも三年
- 苦あれば楽ありはどんな場面で使いますか?
- スピーチで使うとき、スポーツの目標に
- 苦あれば楽ありの由来は?
- 出典は特定されていない。特定の古典や人物の言葉に遡れる記録は確認できず、故事ことわざ辞典の類でも出典欄は空のまま扱われている。