光陰矢の如し(こういんやのごとし)
月日が過ぎ去るのは、矢が飛んでいくように速いということわざ。時間は貴重であり、無駄に過ごさず大切に使うべきだという戒めを表す。
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そのまま使える例文
卒業式の祝辞で「光陰矢の如しと申します。この三年が短く感じられたなら、それだけ中身のあった三年だということです」と述べた。
深掘りに備える — 由来
中国由来の表現で、漢文では「光陰如箭」と書く。「光陰」は日(光)と月(陰)、すなわち月日のことで、それが矢のように飛び去ると言っている。
聞かれたら: 「『禅門諸祖偈頌』または蘇軾「行香子・秋興」に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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中国由来の表現で、漢文では「光陰如箭」と書く。「光陰」は日(光)と月(陰)、すなわち月日のことで、それが矢のように飛び去ると言っている。出典には諸説あり、『岩波ことわざ辞典』は禅僧の詩偈を集めた『禅門諸祖偈頌』に「光陰箭の如し」の表記が見えるとし、『漢文名言辞典』は北宋の蘇軾の詞「行香子・秋興」の「朝来庭下、光陰如箭」を挙げる。どちらか一方に断定できる資料は確認できない。日本では南北朝期頃の『曾我物語』に「くゎうゐん矢のごとし」の用例があり、古くから読み下しの形で使われてきた。なお唐の李益の詩「遊子吟」を出典とする説明がインターネット上に広く見られるが、『全唐詩』所収の同詩に「光陰如箭」の語はなく、根拠が確認できない。
似た語と間違えない
「歳月人を待たず」が、時は人の都合を待たないという時間の側の非情さを述べるのに対し、「光陰矢の如し」は速さの体感そのものを言う。「少年老い易く学成り難し」は速さを述べたうえで学問が成らないという嘆きまで含むが、この語は速いという事実で止まり、何をすべきかまでは言っていない。
対義語: 一日千秋
こんなシーンで使う
卒業式や年頭・就任の挨拶など、期間の区切りを述べる場面に収まりがよい。聞き手には「速く感じるほど中身のあった期間だった」という含みが伝わるため、過ぎた時間を振り返る導入として使いやすい。一方、これから始める人に向けて使うと「早くしろ」という催促に聞こえることがある。また、時間が速く過ぎるという事実を述べる言葉であって、努力を促す意味は語そのものには含まれない。行動を求めたい場面では、この一句のあとに何をいつまでにという具体を続けたい。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 光陰矢の如しの類義語は?
- 歳月人を待たず、少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず
- 光陰矢の如しはどんな場面で使いますか?
- スピーチで使うとき
- 光陰矢の如しの由来は?
- 中国由来の表現で、漢文では「光陰如箭」と書く。「光陰」は日(光)と月(陰)、すなわち月日のことで、それが矢のように飛び去ると言っている。