一隅を照らす(いちぐうをてらす)
自分が置かれた持ち場や目立たない場所で、手を抜かず務めを果たし、周りに光を届けること。そういう人こそ国の宝である、という文脈で語られてきた。
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そのまま使える例文
面接で「座右の銘は一隅を照らすです。ゼミでは議事録係を一年間続け、全員が次回までの課題を確認できる形に整えました」と答えた。
深掘りに備える — 由来
平安初期の僧・最澄が著した『山家学生式』に出る言葉。デジタル大辞泉によれば同書は、天台宗の学生の養成制度を朝廷に願い出た六条式・八条式・四条式の総称で、弘仁9〜10年(818〜819)に成立した。
聞かれたら: 「最澄『山家学生式』に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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平安初期の僧・最澄が著した『山家学生式』に出る言葉。デジタル大辞泉によれば同書は、天台宗の学生の養成制度を朝廷に願い出た六条式・八条式・四条式の総称で、弘仁9〜10年(818〜819)に成立した。精選版日本国語大辞典は「一隅」の初出実例として、この書の「照于一隅此則国宝」を挙げる。天台宗系の英語解説サイトの訳注によれば、六条式の冒頭で最澄は「国宝とは何ぞ。宝とは道心なり。道心ある人を国宝と名づく」と述べ、古人の言として「径寸十枚、是れ国宝に非ず。一隅を照らす、此れ則ち国宝なり」を引く。同サイトは、この古人を『資治通鑑』に出る斉の威王とみる。威王は魏の恵王が自慢する、車の前後を照らす珠より、各地の守りに当たる臣下四人を宝とし、「千里を照らす」と答えた。読みには論争がある。日国は「照二于一隅一」と助字の「于」で翻刻するが、一部の解説は、最澄の自筆の字は「千」に近いと指摘し、その場合は「千の一隅を照らす」と読む。「千」説をとる研究者もいる一方、天台宗勧学院は「于」の読みを保ち、「千」の読みも排除していないという。なお、『論語』述而の「一隅を挙げて」は別の文である。
こんなシーンで使う
聞き手には、目立たなくても任された場所で手を抜かない、実直な人として届く。ただし「目立たなくていい」と受け取られると主体性が弱く聞こえるため、面接では「照らした結果、周りの何が変わったか」を一つ具体例で添えたい。出典を問われたら「最澄の『山家学生式』で、国の宝とは道心ある人だという文脈の言葉」と答えられ、読みに説があることを一言触れると深掘りに強い。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 一隅を照らすはどんな場面で使いますか?
- 面接で聞かれたとき、ESに書くとき
- 一隅を照らすの由来は?
- 平安初期の僧・最澄が著した『山家学生式』に出る言葉。デジタル大辞泉によれば同書は、天台宗の学生の養成制度を朝廷に願い出た六条式・八条式・四条式の総称で、弘仁9〜10年(818〜819)に成立した。