人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し(ひとのいっしょうはおもにをおうてとおきみちをゆくがごとし)
人の一生は重い荷物を背負って遠くまで歩くようなものだから、焦らず、辛抱強く努力を重ねて進むべきだという教え。「徳川家康の遺訓」として広く知られる。
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そのまま使える例文
新年の挨拶で「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し、と伝わる言葉があります。今年も急がず、一つずつ進めましょう」と話した。
深掘りに備える — 由来
デジタル大辞泉はこの句を「徳川家康の遺訓から」と説明する。一方、平凡社『世界大百科事典』(旧版)の「徳川家康」の項は、「人の一生は重荷を負いて遠き道を行くがごとし。
聞かれたら: 「デジタル大辞泉「人の一生は重荷を負うて遠き道を行…に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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デジタル大辞泉はこの句を「徳川家康の遺訓から」と説明する。一方、平凡社『世界大百科事典』(旧版)の「徳川家康」の項は、「人の一生は重荷を負いて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず」で始まる『東照宮遺訓』を偽作とし、本来の作者は徳川光圀に比定されていると記す。ほかに、幕臣だった池田松之介が作ったとする解説もあるが、一般向けの記事が中心で、時期も幕末とも明治とも書かれており、確定した説とは言えない。いずれにしても、家康自身が書き残した資料でこの文言が確認できたと述べる辞典は見当たらない。そのため、家康本人の言葉と断定して引くのは避け、「家康の遺訓として伝わるが、後世の作とする説が有力な言葉」と添えるほうが、由来を問われても答えられる。「負うて」と「負いて」など、辞典によって表記にも小さなゆれがある。
こんなシーンで使う
年頭の挨拶や就任スピーチで、長丁場の仕事に臨む聴衆の肩の力を抜きたいときに収まりがよい。ただし聞き手に歴史に詳しい人がいると、「家康の遺訓」と言い切った瞬間に「あれは後世の作では」と受け取られかねない。面接官にも同じことが言え、由来を問われて詰まると借り物の言葉に見えるので、「家康の遺訓として伝わる」と言い、後世の作とされる点まで自分から述べておくと誠実な印象になる。なお続く句が「急ぐべからず」なので、締切が迫る場面や行動を促したい場面で使うと、逆の意味に聞こえる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如しはどんな場面で使いますか?
- スピーチで使うとき
- 人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如しの由来は?
- デジタル大辞泉はこの句を「徳川家康の遺訓から」と説明する。一方、平凡社『世界大百科事典』(旧版)の「徳川家康」の項は、「人の一生は重荷を負いて遠き道を行くがごとし。