雨ニモマケズ(あめにもまけず)
宮沢賢治が病床の手帳に書きとめたメモ。丈夫な体で欲なく、争わず、人の苦しみに寄り添い、「デクノボー」と呼ばれるような者に自分はなりたいという願いを綴る。
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そのまま使える例文
入学式の祝辞で、校長が「賢治は『雨ニモマケズ』で、強い人になりたいとは書かず、ほめられもせず、苦にもされない人になりたいと書きました」と話した。
深掘りに備える — 由来
宮沢賢治(1896〜1933)が、死の2年前の1931年11月3日に手帳に記した独白である(平凡社『世界大百科事典』)。日本大百科全書は「メモ」と呼び、20世紀日本人名事典も昭和6年11月の手帳に記されたものとする。
聞かれたら: 「『【新】校本宮澤賢治全集』第十三巻に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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宮沢賢治(1896〜1933)が、死の2年前の1931年11月3日に手帳に記した独白である(平凡社『世界大百科事典』)。日本大百科全書は「メモ」と呼び、20世紀日本人名事典も昭和6年11月の手帳に記されたものとする。題は賢治自身がつけたものではなく、青空文庫が底本とする『新校本宮澤賢治全集』第十三巻(上)覚書・手帳では、冒頭の句を亀甲括弧で括った〔雨ニモマケズ〕の形で収められている。生前には発表されておらず、没後に遺品の中から見つかったとされ、精選版日本国語大辞典は、賢治が死後に谷川徹三らによって世に出たと記す。同じ底本の本文は「ヒドリノトキハナミダヲナガシ」と書かれていて、一般に流布する「ヒデリ」とは表記が異なる。末尾には「南無妙法蓮華経」などの題目や菩薩名が並び、日蓮宗の信仰を背景にした祈りの文でもある。
こんなシーンで使う
ESや面接で人柄を語る言葉として使うと、聞く側には「控えめで献身的な人」という像が届く。裏返すと、積極性や成果を求める場では受け身に見えやすいので、具体的な行動の話を添えたい。一語の座右の銘というより一編の詩全体を指すため、どの一節に惹かれたかを言えると深掘りに耐える。面接官がこの詩を知っている確率は高く、「慾ハナク」や「デクノボー」を自分なりにどう解釈しているかが聞かれやすい。また、病床での願いを書いた私的なメモであり他人への訓示ではないので、「皆さんもこうあるべきだ」と聴衆に求める使い方は趣旨に合わない。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 雨ニモマケズはどんな場面で使いますか?
- ESに書くとき
- 雨ニモマケズの由来は?
- 宮沢賢治(1896〜1933)が、死の2年前の1931年11月3日に手帳に記した独白である(平凡社『世界大百科事典』)。日本大百科全書は「メモ」と呼び、20世紀日本人名事典も昭和6年11月の手帳に記されたものとする。