座右の銘

雨垂れ石を穿つあまだれいしをうがつ

軒先から落ちる雨垂れも、長い年月がたてば石に穴を開けるように、小さな努力でも根気強く続ければ、いつか大きな成果につながるということわざ。

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この語を使ってよい場面◎最適 ○使える △注意
面接何をどれだけ続け、何につながったかを具体的に言えるなら最適
スポーツの目標日々の反復練習を掲げる目標として無理がない
注意: 「努力しています」の言い換えとして単独で使うと、続けた期間と到達点が抜けて印象に残らない。原典では小さな兆しを放置する危うさを説く比喩だった点も知っておきたい。

そのまま使える例文

面接

面接で「座右の銘は『雨垂れ石を穿つ』です。毎朝30分の基礎練習を三年続けて、県大会に届きました」と答えた。

スピーチ就任の挨拶で「雨垂れ石を穿つと言います。派手な施策より、小さな改善を毎週一つ積むことから始めます」と述べた。
部の年間目標に「雨垂れ石を穿つ」を掲げ、全員が練習日誌をつけることをその中身にした。
一日一問ずつ解き続けた結果が模試の点数に出て、雨垂れ石を穿つとはこのことだと思った。

深掘りに備える — 由来

出典: 『漢書』枚乗伝「泰山之霤穿石、單極之綆斷幹」

『漢書』枚乗伝が収める上書(目上に差し出す意見書)の一節「泰山之霤穿石、單極之綆斷幹。水非石之鑽、索非木之鋸、漸靡使之然也」に由来する。

聞かれたら: 「『漢書』枚乗伝「泰山之霤穿石、單極之綆斷幹」に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。

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『漢書』枚乗伝が収める上書(目上に差し出す意見書)の一節「泰山之霤穿石、單極之綆斷幹。水非石之鑽、索非木之鋸、漸靡使之然也」に由来する。泰山に降る雨垂れは石に穴を開け、井戸の釣瓶縄は井桁の木を断ち切る。水は石を削る錐ではなく、縄は木を挽く鋸ではないのに、少しずつ擦り続けることがそうさせるのだ、という意味である。書き手の枚乗は前漢の文人で、仕えていた呉王劉濞に謀反の意があると知り、思いとどまるよう諫めてこの文章を書いた。前後の文脈は「福生有基、禍生有胎」——幸いにも禍にも必ず小さな始まりがある——という主張で、雨垂れの比喩はもともと、小さな兆しを放置すれば取り返しがつかなくなるという警告の側で使われている。日本で定着している「小さな努力の積み重ねがいつか実る」という励ましの用法は、同じ比喩の力点が反対側に移ったものである。なお呉王はこの諫言を容れず、七国の乱に加わって敗死した。よく似た「点滴石を穿つ」は南宋の羅大経『鶴林玉露』に載る県令・張乖崖の説話に基づく別系統の言い方で、こちらも原話では小さな不正の積み重ねを戒める文脈だった。

似た語と間違えない

雨垂れ石を穿つ軒先から落ちる雨垂れも、長い年月がたてば石に穴を開けるように、小さな努力でも根気強く続ければ、いつか大きな成果につながるというこ…
点滴石を穿つ
石の上にも三年冷たい石の上でも三年座り続ければ温まるように、つらく苦しい状況でも辛抱強く努力や我慢を続ければ、いずれ必ず良い結果や報いが得られ…
継続は力なり一つのことを途中で投げ出さず、地道にコツコツと続けていくことこそが、やがて大きな成果や実力へとつながっていくという意味。
塵も積もれば山となる小さなちりでも積み重なれば、やがて山のように大きなものになるということわざ。

「石の上にも三年」が耐える期間の長さに重心を置くのに対し、「雨垂れ石を穿つ」は一滴という行為の小ささと、それでも石が穿たれるという結果の落差に重心がある。「継続は力なり」が続けること自体を力と言い切るのに対し、この語は硬いものを貫くという到達点まで含意する。「塵も積もれば山となる」は積み上がった量の側を語る。

対義語: 一朝一夕、三日坊主

こんなシーンで使う

面接やスポーツの目標宣言で、成果が出るまで同じことを続けた経験を語る場面に向く。面接官やチームメイトには「地味な作業から逃げない人」と映りやすい。ただしこの言葉が言っているのは、続けた先に石が穿たれるという結果までであって、続けていること自体ではない。何をどれだけ続け、それが何につながったかを言えないと、努力の表明で終わって聞き手の記憶に残らない。

以下のテーマ・シーンでよく使われます。

よくある質問

雨垂れ石を穿つの類義語は?
点滴石を穿つ、石の上にも三年、継続は力なり、塵も積もれば山となる
雨垂れ石を穿つはどんな場面で使いますか?
面接で聞かれたとき、スポーツの目標に
雨垂れ石を穿つの由来は?
『漢書』枚乗伝が収める上書(目上に差し出す意見書)の一節「泰山之霤穿石、單極之綆斷幹。水非石之鑽、索非木之鋸、漸靡使之然也」に由来する。
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