羊頭狗肉(ようとうくにく)
羊の頭を看板に掲げながら実際には犬の肉を売るように、見せかけと中身が伴わないこと。
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そのまま使える例文
株主総会で「新規事業の実態は羊頭狗肉ではないか」と質された。
深掘りに備える — 由来
「羊頭を懸けて狗肉を売る」を四字に縮めた形(デジタル大辞泉・四字熟語を知る辞典)。店先に羊の頭を掲げておきながら、実際には狗(犬)の肉を売る、という商売のたとえで、看板と中身が食い違うことを指す。
聞かれたら: 「『無門関』第六則に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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「羊頭を懸けて狗肉を売る」を四字に縮めた形(デジタル大辞泉・四字熟語を知る辞典)。店先に羊の頭を掲げておきながら、実際には狗(犬)の肉を売る、という商売のたとえで、看板と中身が食い違うことを指す。出典としては南宋の禅書『無門関』(無門慧開・一二二八年成立)が挙げられ、その第六則「世尊拈花」の評唱に「黄面の瞿曇、傍若無人、良を圧して賤と為し、羊頭を懸けて狗肉を売る」と見える(故事成語を知る辞典。維基文庫の原文で確認)。同じ宋代の灯史『五灯会元』巻十六にも、元豊清満禅師の語として「名利の徒が人天の師となり、羊頭を懸けて狗肉を売り、後進の初機を壊す」という句があり、台湾教育部『重編国語辞典修訂本』はこちらを「懸羊頭売狗肉」の出典に掲げる。ただしこの比喩自体はさらに古く、『晏子春秋』内篇雑下第一章には、斉の霊公が宮中では女性の男装を許しながら宮外では禁じたことを晏子が諫めて「猶ほ牛首を門に懸けて馬肉を内に売るがごとし」と述べた一節があり(維基文庫の原文で確認)、掲げる物と売る物を入れ替えた同型の言い回しが先行している。四字熟語辞典オンラインはこの『晏子春秋』を出典に立てる。日本大百科全書は『後漢書』の「羊頭を掲げて馬脯を売る」も挙げる。動物の組み合わせは伝承の過程で移り変わり、羊と狗の形が禅籍を通じて日本に定着した。日本語の用例は、慣用句の形で雑俳『柳多留』八八編(一八二五年)の「羊頭をかけて狗肉の宮芝居」、四字の形で漢詩集『水流雲在楼集』(一八五四年)の「羊頭狗肉互いに真を偸む」が早い(精選版日本国語大辞典)。近代では芥川龍之介『MENSURA ZOILI』(一九一七年)、矢田挿雲『江戸から東京へ』(一九二一年)に用例がある(故事成語を知る辞典・四字熟語を知る辞典)。
似た語と間違えない
辞典が類義語として挙げるのは「有名無実」(デジタル大辞泉の類語欄・四字熟語辞典オンライン・Weblio類語辞典)と「羊質虎皮」(四字熟語辞典オンライン・Weblio類語辞典。『法言』吾子を出典とし、中身は羊なのに虎の皮をかぶるという見かけ倒しのたとえ)。「有名無実」は名ばかりで中身がないという状態を指すだけだが、「羊頭狗肉」は良いものを掲げて劣るものを売るという、意図的なごまかしを含む点が違う。「羊質虎皮」は外見を飾るのが自分自身である点で、商品と看板の食い違いを言う羊頭狗肉とずれる。もとになった『晏子春秋』の「牛首を懸けて馬肉を売る」も同じ意味で使われ、Weblio類語辞典と台湾教育部の辞典がこれを並べる。「看板倒れ」はデジタル大辞泉の類語欄に並ぶが、期待に届かなかったという結果への評価にとどまり、欺く意思までは含意しない。対義語を立てている辞典は見当たらない。
こんなシーンで使う
広告や説明が実態と食い違っていることを批判する語で、相手が意図的に欺いたという含みまで届く強い言葉。会議や総会で使えば問題提起として通るが、単なる期待外れに向けると非難が過剰になり、言った側が冷静さを欠いて見える。自分の企画や自社について「羊頭狗肉にはしない」と否定形で使うと、誠実さの宣言として穏当に収まる。座右の銘として掲げる語ではない。他社や他人の製品を名指しで「羊頭狗肉だ」と言えば、欺く意図があったと断じたことになるので、事実を確かめていない段階では「看板倒れ」のような欺意を含まない語に下げるほうが安全である。読みは「ようとうくにく」で、「狗」は犬のこと。字面から意味が取りにくいので、口頭では「看板に偽りあり」と言い換えて補うと聴衆に伝わる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 羊頭狗肉の類義語は?
- 有名無実、羊質虎皮、牛首を懸けて馬肉を売る
- 羊頭狗肉の由来は?
- 「羊頭を懸けて狗肉を売る」を四字に縮めた形(デジタル大辞泉・四字熟語を知る辞典)。店先に羊の頭を掲げておきながら、実際には狗(犬)の肉を売る、という商売のたとえで、看板と中身が食い違うことを指す。