蟷螂之斧(とうろうのおの)
かまきりが前脚を振り上げて大きな車に立ち向かうように、弱い者が力の差も顧みず強者に立ち向かうこと。
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そのまま使える例文
敗戦の弁で「蟷螂之斧に終わりましたが、挑んだこと自体は悔いていません」と述べた。
深掘りに備える — 由来
斉の荘公が狩りに出たとき、一匹の虫が前脚を振り上げて車輪に立ち向かおうとした、という故事に基づく。御者に尋ねると「これは螳螂(かまきり)という虫で、進むことは知っていても退くことを知らず、自分の力量を量らずに敵を軽んじます」と答えたという。
聞かれたら: 「『韓詩外伝』巻八・『淮南子』人間訓に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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斉の荘公が狩りに出たとき、一匹の虫が前脚を振り上げて車輪に立ち向かおうとした、という故事に基づく。御者に尋ねると「これは螳螂(かまきり)という虫で、進むことは知っていても退くことを知らず、自分の力量を量らずに敵を軽んじます」と答えたという。この逸話は『韓詩外伝』巻八と『淮南子』人間訓に見え、『韓詩外伝』では荘公が「これが人であれば必ず天下の勇者となろう」と言って車を回して避け、それを聞いた勇士たちが奮い立ったと続く。つまり原典の一つでは勇気を讃える話である。一方『荘子』人間世篇には「汝かの螳螂を知らざるか。その臂を怒らして以て車轍に当たる。その任に勝えざるを知らざるなり」とあり、身のほどを知らない振る舞いへの戒めとして引かれる。同じ情景でありながら評価が正反対で、日本語の「蟷螂之斧」は後者、無謀な抵抗を指す用法が定着した。「斧」は、かまきりが振り上げた前脚を斧に見立てたもの。
似た語と間違えない
「匹夫之勇」が思慮の浅い血気の勇ましさを指し、相手との力量差までは問題にしないのに対し、「蟷螂之斧」は圧倒的な強者に対する無力な抵抗という力の差そのものが焦点になる。「以卵撃石」はほぼ同義だが、卵と石という比喩のぶん、砕けるという結果への断定が強い。
こんなシーンで使う
力の差を踏まえて誰かの行いを評する語であり、自分から座右の銘として掲げる言葉ではない。聞き手には「勝ち目がないと分かっている」という前提が伝わるため、他人の行動に向けると相手の努力を無駄と切り捨てる響きになりやすい。使うなら、敗れた側が自分の挑戦を振り返る場面など、話し手自身に向けるほうが角が立たない。故事をたどると勇気を讃える伝えもあるが、日本語では否定的な意味で定着しているので、褒め言葉のつもりで使うと相手に誤解される。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 蟷螂之斧の類義語は?
- 蟷螂之衛、以卵撃石、匹夫之勇
- 蟷螂之斧の由来は?
- 斉の荘公が狩りに出たとき、一匹の虫が前脚を振り上げて車輪に立ち向かおうとした、という故事に基づく。御者に尋ねると「これは螳螂(かまきり)という虫で、進むことは知っていても退くことを知らず、自分の力量を量らずに敵を軽んじます」と答えたという。