座右の銘

じょ

相手の立場に自分を置き換えて考え、自分がされて嫌なことは人にもしない、という思いやりの姿勢を表す一文字。『論語』で孔子が、生涯にわたって行い続けられる一語として挙げた字である。

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この語を使ってよい場面◎最適 ○使える △注意
スピーチ判断の基準を一語で示す挨拶に使え、由来を一言添えられる
面接読み方を添え、相手の事情を先に聞いた実例を続けられるなら成立する
注意: 読めない人が多い字なので、人前では読み方を先に添えたい。「許す」の側だけを取ると甘さに映るが、『論語』が示したのは自分の側の抑制である。

そのまま使える例文

スピーチ

就任の挨拶で「『恕』の一字を掲げます。判断に迷ったら、自分がされて嫌なことはしない、を基準にします」と述べた。

卒業式の式辞で「孔子が、生涯貫ける一語として挙げたのが『恕』でした」と切り出し、決める前に相手の事情を聞く習慣を勧めた。
面接面接で「座右の銘は一文字で『恕』、じょ、と読みます」と答え、遅刻の多い後輩を責める前に通学経路を聞いたところ、始発でも間に合わない時間割だったと分かった経験を続けて話した。
ESESに「『恕』の一字を掲げ、クレームの一次対応では、まず相手が何に困っているかを最後まで聞くと決めていた」と書いた。

深掘りに備える — 由来

出典: 『論語』衛霊公篇「子貢問曰、有一言而可以終身行之…

『論語』に由来する。衛霊公篇に、弟子の子貢が「一言にして以て終身之を行うべき者有りや」(生涯にわたって行い続けられる一語はありますか)と問い、孔子が「其れ恕か。

聞かれたら: 「『論語』衛霊公篇「子貢問曰、有一言而可以終身行之…に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。

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『論語』に由来する。衛霊公篇に、弟子の子貢が「一言にして以て終身之を行うべき者有りや」(生涯にわたって行い続けられる一語はありますか)と問い、孔子が「其れ恕か。己の欲せざる所、人に施すこと勿かれ」(其恕乎。己所不欲、勿施於人)と答えた一節がある。生涯を貫く一語として名指しされた字であり、一文字の座右の銘としては珍しく出典がはっきりしている。なお、この章は版によって衛霊公篇の23章とも24章とも数えられる。同じ『論語』里仁篇では、曾子が孔子の教えを「夫子の道は忠恕のみ」(夫子之道、忠恕而已矣)とまとめており、「忠」(自分に偽らないこと)と対にして語られる。「己所不欲、勿施於人」の句自体は顔淵篇にも重ねて出てくる。字としては『説文解字』が「恕」を「仁なり」と釈し、心を意味符、如を音符とする形声字と説明する。「如」は「〜のごとし」で、相手の身になって考えるという語義と字形が重なっている。

似た語と間違えない

相手の立場に自分を置き換えて考え、自分がされて嫌なことは人にもしない、という思いやりの姿勢を表す一文字。
人や物事を慈しみ、大切に思う気持ちを表す一文字。
思いやり
寛容

「愛」が対象を慈しむ気持ちそのものを指すのに対し、「恕」は自分がされて嫌なことを相手にもしない、という判断の手順に重心がある。感情ではなく基準を示す字である。『論語』では「忠」と対に置かれ、忠が自分に偽らないことを、恕が相手に置き換えて考えることを受け持つ。日本語で「ゆるす」と読む字には「赦」もあるが、こちらは罪や過ちを免じる側の語で、「恕」の中心にある「相手の身になる」という含みはない。

対義語: 独善、狭量

こんなシーンで使う

スピーチや式辞で、判断の基準を一語で示したい場面に向く。孔子が生涯貫ける一語として挙げた字なので、由来を一言添えるだけで重みが伝わり、聴衆には「決める前に相手の事情を聞く人」と映る。ただし「恕」は日常では「寛恕」「宥恕」くらいでしか見ない字で、読めない人が多い。人前で使うなら「じょ、と読みます」と先に添えたい。また「許す」の側だけを取ると、甘い・見過ごす人と受け取られる。この字が『論語』で示されたのは「自分がされて嫌なことをしない」という自分の側の抑制であって、相手の非を不問にすることではない。

以下のテーマ・シーンでよく使われます。

よくある質問

恕の類義語は?
愛、思いやり、寛容
恕はどんな場面で使いますか?
スピーチで使うとき
恕の由来は?
『論語』に由来する。衛霊公篇に、弟子の子貢が「一言にして以て終身之を行うべき者有りや」(生涯にわたって行い続けられる一語はありますか)と問い、孔子が「其れ恕か。
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