義(ぎ)
人として守るべき正しい道理や、筋を通す姿勢を表す一文字。損得よりも正しさを優先し、義理や信念を貫くことを重んじる価値観の象徴として使われる。
最終更新日:
そのまま使える例文
面接で「座右の銘は一文字で『義』です」と答え、アルバイト先で誤った請求に気づいたとき、言い出しにくい空気のなかで店長に報告した経験を続けて話した。
深掘りに備える — 由来
一文字の「義」を座右の銘として掲げることの出典は特定されていない。特定の人物がこの一字を掲げ始めたという記録は確認できない。
聞かれたら: 「一文字の「義」を座右の銘として掲げることの出典は特定されていない。」と正直に答えるのが最も強い。
由来の全文を読む
一文字の「義」を座右の銘として掲げることの出典は特定されていない。特定の人物がこの一字を掲げ始めたという記録は確認できない。ただし字そのものの来歴と、この字が東アジアの思想のなかで担ってきた位置ははっきりしている。字形は「羊」と「我」から成る会意の字で、「我」はぎざぎざの刃をもつ鋸状の刃物をかたどるとされる。羊をいけにえとして刃物で整えるさまから、儀式にかなった正しいふるまいの意が生じたと説明されるが、字源の細部には諸説がある。『説文解字』は「義」を「己の威儀なり」と説き、自分の立ち居ふるまいが場にかなって整っていることを本義としている。思想の側では、儒教の五常(仁・義・礼・智・信)の一つに数えられる。孟子が仁・義・礼・智の四徳を説き、前漢の董仲舒が「信」を加えて五常の形になったとされる。五常のうち「仁」が人一般への思いやりを指すのに対し、「義」は目の前の場面で何をなすべきかという判断と行動の側を受け持つ。『論語』為政篇の「義を見て為さざるは勇なきなり」(見義不為、無勇也)は、正しいと分かっていながら動かないことを臆病と断じた一節で、この字が観念ではなく行動を問う言葉であることをよく示している。
似た語と間違えない
「誠」が偽りのなさという内面のあり方を一字で象徴するのに対し、「義」は場面ごとに何をなすべきかという行動の基準に重心がある。「信」は言ったことを守る約束の履行を指し、相手との関係のなかで成り立つ点が違う。「徳」は品性そのものを磨き高めることを重んじる字で、行動の軸を語るなら義、人格の軸を語るなら徳と選び分けられる。
対義語: 不義、私利私欲
こんなシーンで使う
面接で一文字の座右の銘を問われたときに向く。この字は「何が正しいか」の基準を自分の都合の外に置く言葉なので、聞き手である面接官には「筋を通す人」と映る。不正や不利益に気づいて自分から言い出した経験とセットで語ると、その印象が具体的な信頼に変わる。一方で、自分の判断を「義」と呼ぶ言い方は、状況によっては独善や融通のなさとも受け取られる。組織の方針と対立した場面を語るなら、筋を通したうえでどう合意に持ち込んだかまで話すと角が立たない。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 義の類義語は?
- 正義、信義、徳
- 義はどんな場面で使いますか?
- 面接で聞かれたとき
- 義の由来は?
- 一文字の「義」を座右の銘として掲げることの出典は特定されていない。特定の人物がこの一字を掲げ始めたという記録は確認できない。