水魚之交(すいぎょのまじわり)
魚が水を得たときのように、切っても切り離せないほど親密で深い交わり。
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そのまま使える例文
社長の退任式で役員の一人が「社長と副社長の二人三脚は、まさに水魚之交でした」と述べた。
深掘りに備える — 由来
『三国志』蜀書(蜀志)諸葛亮伝に見える、劉備と諸葛亮の故事に基づく。劉備は諸葛亮を迎え入れたのち、日ごとに親密さを深めていった(原文「是に於いて亮と情好日に密なり」)。
聞かれたら: 「『三国志』蜀書に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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『三国志』蜀書(蜀志)諸葛亮伝に見える、劉備と諸葛亮の故事に基づく。劉備は諸葛亮を迎え入れたのち、日ごとに親密さを深めていった(原文「是に於いて亮と情好日に密なり」)。関羽・張飛らがこれを喜ばなかったため、劉備は「孤の孔明有るは、猶ほ魚の水有るがごとし。願はくは諸君復た言ふこと勿れ」(私に孔明がいるのは、魚に水があるようなものだ。どうか二度と言わないでほしい)となだめ、関羽・張飛はそれで不満を口にしなくなったという。つまり原典のたとえは、君主が欠かせない臣下を得たことを言ったもので、対等な友人同士の話ではない。日本ではこれが友情や交際一般に広げて使われ、精選版日本国語大辞典は意味を「非常に親密な友情、交際など」としたうえで、談義本『地獄楽日記』(一七五五年)の「誠に水魚の交ともいふべし」を用例に挙げる。近代でも樋口一葉『やみ夜』(一八九五年)、吉川英治『平の将門』に使用例がある(故事成語を知る辞典)。
似た語と間違えない
「管鮑之交」が互いの欠点まで理解し合う相互理解の深さを言うのに対し、水魚之交は相手なしには成り立たないという必要性と緊密さに重心があり、原典どおり立場の違う二人にも使える。「刎頸之交」が命を懸けるほどの覚悟を言うのに比べると、水魚之交は日々の親密さを表す語で、覚悟の重さまでは含まない。
対義語: 犬猿の仲
こんなシーンで使う
欠かせない相手との緊密な関係を讃える語で、送別・退任・披露宴の挨拶など、第三者が二人の関係を紹介する場面に収まる。原典は主君の劉備が臣下の諸葛亮を指して言った言葉なので、上司と右腕、監督と主将のように立場の違う二人の信頼関係にもそのまま使え、聞き手には「互いを必要とし合った」という評価が伝わる。ただし劉備の言葉は、自分にとって孔明が水であるという一方の側からの表現であり、自分から「あの人とは水魚之交だ」と名乗ると関係の近さを誇示するように響くが、劉備と同じく「相手なしには成り立たなかった」という感謝として語るなら自然に届く。「劉備が諸葛亮との仲を魚と水にたとえた故事から」と一言添えれば、字が浮かばない聞き手にも伝わる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 水魚之交の類義語は?
- 管鮑之交、刎頸之交、断金之交、肝胆相照
- 水魚之交の由来は?
- 『三国志』蜀書(蜀志)諸葛亮伝に見える、劉備と諸葛亮の故事に基づく。劉備は諸葛亮を迎え入れたのち、日ごとに親密さを深めていった(原文「是に於いて亮と情好日に密なり」)。