刎頸之交(ふんけいのまじわり)
相手のためなら首をはねられても悔いはないと思えるほどの、非常に深く厚い友情。
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そのまま使える例文
引退試合のあとの挨拶で、主将は「副主将とは、刎頸之交と言っても大げさではない三年間でした」と語った。
深掘りに備える — 由来
『史記』廉頗藺相如列伝に見える、紀元前三世紀、戦国時代の趙の将軍・廉頗と藺相如の故事に基づく。廉頗は「自分には城を攻め野で戦った大功があるのに、藺相如は口先の働きだけで自分より上の位にいる」と恥じ、「相如を見かけたら必ず辱めてやる」と公言した。
聞かれたら: 「『史記』廉頗藺相如列伝に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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『史記』廉頗藺相如列伝に見える、紀元前三世紀、戦国時代の趙の将軍・廉頗と藺相如の故事に基づく。廉頗は「自分には城を攻め野で戦った大功があるのに、藺相如は口先の働きだけで自分より上の位にいる」と恥じ、「相如を見かけたら必ず辱めてやる」と公言した。藺相如は病と称して朝廷での同席を避け、道で廉頗を見かけると車を引いて隠れた。これを情けなく思う家臣たちに対し、藺相如は、強国の秦が趙に兵を向けないのは自分と廉頗の二人がいるからであり、二頭の虎が争えばどちらも生き残れない、自分が退くのは「国家の急を先にして私讎を後にする」ためだと説いた。これを伝え聞いた廉頗は、上半身をあらわにして荊(いばら)を背負い、藺相如の門を訪ねて罪を謝した。こうして二人は「卒に相与に驩しみ、刎頸の交はりを為す」と記される。「刎頸」は首をはねることで、相手のためなら首をはねられても悔いがないほどの交わりを意味する。日本では『漢書列伝竺桃抄』(一四五八〜六〇年)に用例があり(精選版日本国語大辞典)、山本周五郎『樅の木は残った』にも使われている(故事成語を知る辞典)。
似た語と間違えない
「管鮑之交」が互いを理解し合う深さに重心を置くのに対し、刎頸之交は相手のためなら命も惜しまないという覚悟の強さを言う。「水魚之交」が日々欠かせない緊密さを表すのに比べ、刎頸之交は対立や危機をくぐった末の関係という含みを原典から帯びている。
対義語: 犬猿の仲
こんなシーンで使う
友情を表す語の中でも最も重い部類で、聞き手には「命を預け合えるほどの信頼」として届く。引退や退任、長年の相棒を送る挨拶のように、関係の重さを言い切ってよい場面でこそ生きる。一方で数か月の付き合いや、仲が良い程度の関係に使うと大げさで空々しく聞こえる。原典は、一度は相手を辱めようとした廉頗が非を認めて謝罪したことで結ばれた関係であり、ただ気が合った仲ではなく対立を越えて結ばれた絆だという点を添えると、深掘りに耐える語り方になる。「刎頸」は首をはねる意で字面が物騒なため、祝いの席では意味を一言説明したい。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 刎頸之交の類義語は?
- 管鮑之交、水魚之交、断金之交、莫逆之友
- 刎頸之交の由来は?
- 『史記』廉頗藺相如列伝に見える、紀元前三世紀、戦国時代の趙の将軍・廉頗と藺相如の故事に基づく。廉頗は「自分には城を攻め野で戦った大功があるのに、藺相如は口先の働きだけで自分より上の位にいる」と恥じ、「相如を見かけたら必ず辱めてやる」と公言した。