滄海桑田(そうかいそうでん)
かつて青々とした海だった場所が桑畑に変わるように、世の中が激しく移り変わること。
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そのまま使える例文
創立五十周年の挨拶で「この街の滄海桑田を思うと、変わらずご愛顧いただいたことの重みを感じます」と述べた。
深掘りに備える — 由来
出典は東晋の葛洪が著した『神仙伝』の「麻姑」の話とされる(四字熟語辞典・漢語の成語辞典がともに『神仙伝』を挙げる)。仙女の麻姑が、久しぶりに会った仙人の王遠(王方平)に向かって「接侍以来、已見東海三為桑田」(お目にかかってから、東海が三度も桑畑になるのを見ました)と語り、蓬莱の水もかつてより浅くなっていたと続ける場面が語のもとである。
聞かれたら: 「『神仙伝』「麻姑」に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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出典は東晋の葛洪が著した『神仙伝』の「麻姑」の話とされる(四字熟語辞典・漢語の成語辞典がともに『神仙伝』を挙げる)。仙女の麻姑が、久しぶりに会った仙人の王遠(王方平)に向かって「接侍以来、已見東海三為桑田」(お目にかかってから、東海が三度も桑畑になるのを見ました)と語り、蓬莱の水もかつてより浅くなっていたと続ける場面が語のもとである。海が桑畑に変わるほどの時の流れという字義から、世の移り変わりの激しさを表す語になった。「滄海」は青々とした大海原、「桑田」は桑畑を指す。日本語では「滄海変じて桑田となる」の形でも使われ、「桑田碧海」「滄海揚塵」「桑海之変」など同義の語が多い。
似た語と間違えない
「滄海揚塵」は海が干上がって塵が舞い上がるという、より極端な変わり果て方を言う。「桑田碧海」は語順を逆にして、同じ変化を桑畑の側から述べた語である。「滄海桑田」は海から桑畑へという向きで、長い時間の経過そのものに重心がある。
対義語: 旧態依然
こんなシーンで使う
記念式典の挨拶や回顧の文章で、長い年月の変化の大きさを述べる語として使える。聞き手には「時間の長さを踏まえて話している」という落ち着きが伝わる。ただし変化の激しさを言う語なので、人や組織について使うと「昔とは別物になった」という批評に読まれることがある。土地や街並み、業界の風景など対象を明示して使うほうが誤解がない。読みも字面もなじみが薄いため、口頭では「海が桑畑に変わるほどの」と一言添えると届く。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 滄海桑田の類義語は?
- 桑田碧海、滄海揚塵、桑海之変
- 滄海桑田の由来は?
- 出典は東晋の葛洪が著した『神仙伝』の「麻姑」の話とされる(四字熟語辞典・漢語の成語辞典がともに『神仙伝』を挙げる)。仙女の麻姑が、久しぶりに会った仙人の王遠(王方平)に向かって「接侍以来、已見東海三為桑田」(お目にかかってから、東海が三度も桑畑になるのを見ました)と語り、蓬莱の水もかつてより浅くなっていたと続ける場面が…