四字熟語

滄海桑田(そうかいそうでん)

かつて青々とした海だった場所が桑畑に変わるように、世の中が激しく移り変わること。長い年月を経て別物になった、という時間の厚みを含む語である。

最終更新日:

この語を使ってよい場面◎最適 ○使える △注意
○スピーチ記念式典で年月の変化を述べるのに使える。口頭では「海が桑畑に変わるほどの」と言い換えを添える
△面接世の変化を言う語で、自分の志向や行動を語る語ではない
注意: 人や組織を主語にすると「昔とは別物になった」という批評に読まれる。対象は土地・街並み・業界などに限るのが無難。

そのまま使える例文

スピーチ

創立五十周年の式典の挨拶で「この街の滄海桑田を思うと、変わらずご愛顧いただいたことの重みを感じます」と述べた。

業界史をたどる講演で、通信の世界のこの二十年を滄海桑田と呼んで振り返った。
田畑だった一帯が高層ビル街になり、まさに滄海桑田である。
古い写真と見比べると、港の風景は滄海桑田の言葉どおりに変わっていた。

深掘りに備える — 由来

出典: 『神仙伝』王遠伝

出典は東晋の葛洪『神仙伝』に見える仙人王遠(王方平)と仙女麻姑の故事で、四字熟語辞典オンライン・故事成語を知る辞典・台湾教育部の成語典がそろって『神仙伝』を挙げる。『神仙伝』では王遠の伝の中の話で、『太平広記』巻六十が「麻姑」の題で引く。

聞かれたら: 「『神仙伝』王遠伝に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。

由来の全文を読む

出典は東晋の葛洪『神仙伝』に見える仙人王遠(王方平)と仙女麻姑の故事で、四字熟語辞典オンライン・故事成語を知る辞典・台湾教育部の成語典がそろって『神仙伝』を挙げる。『神仙伝』では王遠の伝の中の話で、『太平広記』巻六十が「麻姑」の題で引く。王遠と久々に再会した麻姑が「接待以来、已見東海三為桑田(お目にかかってから、東海が三たび桑畑になるのを見ました)」と語り、蓬萊の海も以前の半分ほどに浅くなっていたと続ける。王遠は笑って「聖人は皆、海の中でまた塵が舞うだろうと言っている」と答えた(維基文庫の原文で照合。「接侍」と書く解説もあるが原文は「接待」)。句の形については、デジタル大辞泉と精選版日本国語大辞典が儲光羲の詩「献八舅東帰」の「滄海成桑田」を「滄海変じて桑田となる」の出典とし、台湾教育部『重編国語辞典修訂本』は明の戯曲『飛丸記』の「滄海桑田幾変更」を書証に引く。日本語では精選版日本国語大辞典が「滄海変じて桑田となる」の用例に『新編覆醤続集』(一六七六年)を、「滄桑の変」に『布令字弁』(一八六八〜七二年)と夏目漱石『三四郎』(一九〇八年)を挙げる。「蒼海桑田」とも書く。

似た語と間違えない

滄海桑田かつて青々とした海だった場所が桑畑に変わるように、世の中が激しく移り変わること。
桑田碧海
滄桑之変

辞典が同義・異形として並べるのは「桑田碧海」「滄桑之変」で、精選版日本国語大辞典は「桑田碧海」の項に「滄海桑田」を添え、「滄桑」を「滄海桑田」の略とする。四字熟語辞典オンラインとイミダスも両語を関連語に挙げる。「桑田碧海」は桑畑が海になる向きで、変化の方向が逆なだけで意味は同じ。四字熟語辞典オンラインは「滄海揚塵」や「陵谷遷貿」も類義語に挙げるが、国語辞典に見出しがない語で口頭ではまず通じない。台湾教育部の成語典は近義に「白雲蒼狗」を挙げたうえで、「滄海桑田」は景物の変化、「白雲蒼狗」は人事の変化に使うと区別し、反義に「一成不変」「依然如故」を置く。日本の辞典は対義語を立てないが、意味上は「旧態依然」が対照になる。

こんなシーンで使う

記念式典の挨拶や回顧の文章で、長い年月の変化の大きさを述べる語として使える。聴衆には「時間の長さを踏まえて話している」という落ち着きが伝わり、麻姑の故事を一言添えれば由来を問われても答えられる。ただし変化の激しさを言う語なので、人や組織を主語にすると「昔とは別物になった」という批評に読まれることがある。土地や街並み、業界の風景など対象を明示して使うほうが誤解がない。漢検一級相当で読みも字面もなじみが薄いため、口頭では「海が桑畑に変わるほどの」と一言添えると届く。面接やESで自分を語る語ではなく、スピーチで時代を語る語と割り切るとよい。

以下のテーマ・シーンでよく使われます。

よくある質問

滄海桑田の類義語は?
桑田碧海、滄桑之変
滄海桑田の由来は?
出典は東晋の葛洪『神仙伝』に見える仙人王遠(王方平)と仙女麻姑の故事で、四字熟語辞典オンライン・故事成語を知る辞典・台湾教育部の成語典がそろって『神仙伝』を挙げる。『神仙伝』では王遠の伝の中の話で、『太平広記』巻六十が「麻姑」の題で引く。
PR
言葉の本で理解を深めるなら
楽天ブックスで「四字熟語」の本を探す
見てみる