森羅万象(しんらばんしょう)
この世に存在する、ありとあらゆる物事や現象。
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そのまま使える例文
就任の挨拶で「森羅万象に学ぶ姿勢だけは失わずにいたい」と述べた。
深掘りに備える — 由来
仏教に由来する語。一説には漢訳仏典『法句経』の「参羅及万像、一法之所印」(森羅および万象は、一法の印する所なり=この世のあらゆる存在は唯一の真理によって定められている)という句にさかのぼるとされる。
聞かれたら: 「一説に漢訳仏典『法句経』「参羅及万像、一法之所印…に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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仏教に由来する語。一説には漢訳仏典『法句経』の「参羅及万像、一法之所印」(森羅および万象は、一法の印する所なり=この世のあらゆる存在は唯一の真理によって定められている)という句にさかのぼるとされる。ただし精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉はこの句を出典としては挙げておらず、由来を『法句経』一本に断定はできない。字義としては「森」は木が多いこと、「羅」は連なることで、「森羅」は無数に並び連なるさま、「万象」はあらゆる形あるものを指す。日本語での使用は古く、「しんらまんぞう」の読みで道元『正法眼蔵』(1231-53)法性の巻に「この森羅万象と法性と、はるかに同異の論を超越せり」とあり、「しんらばんしょう」の読みでの用例は洒落本『契情買虎之巻』(1778)に見える(いずれも精選版日本国語大辞典)。仏教の文脈では「すべては一つの理に貫かれている」という含みを持つ語であり、単なる「たくさんある」という意味ではなかった。
似た語と間違えない
「万物」が存在する物そのものを指すのに対し、「森羅万象」は物と現象の両方を含み、しかも「無数に並び連なっている」という広がりの感覚を伴う。「一切合切」は「残らず全部」という網羅の強調で、身の回りの物事にも使える砕けた語感があり、宇宙規模の広がりは持たない。「山川草木」は自然物に対象が限られる。
こんなシーンで使う
スケールの大きな語で、聞き手には「大きく構えた人」という印象を与える。就任の挨拶や式辞で「森羅万象に学ぶ」と述べる程度なら格式が場に合うが、面接で座右の銘として挙げると、対象が広すぎて自分の経験と結びつけられず、深掘りの二問目で止まりやすい。日常会話では大げさに響くので、書き言葉と改まった場に寄せたほうが自然に収まる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 森羅万象の類義語は?
- 万物、天地万物、山川草木、一切合切
- 森羅万象の由来は?
- 仏教に由来する語。一説には漢訳仏典『法句経』の「参羅及万像、一法之所印」(森羅および万象は、一法の印する所なり=この世のあらゆる存在は唯一の真理によって定められている)という句にさかのぼるとされる。