竜頭蛇尾(りゅうとうだび)
龍の頭のように勢いよく始まったものが、蛇の尾のように尻すぼみに終わってしまうこと。
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そのまま使える例文
決起集会で「掛け声だけの竜頭蛇尾にしないために、最初の一か月の数字を毎週共有します」と宣言した。
深掘りに備える — 由来
出典は南宋の禅書『碧巌録』の第一〇則。雪竇重顕が選んだ公案に圜悟克勤が評唱を付した書で、この則は唐代の禅僧・睦州道明——陳尊宿とも呼ばれる——と、訪ねてきた僧との問答を扱う。
聞かれたら: 「『碧巌録』第一〇則に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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出典は南宋の禅書『碧巌録』の第一〇則。雪竇重顕が選んだ公案に圜悟克勤が評唱を付した書で、この則は唐代の禅僧・睦州道明——陳尊宿とも呼ばれる——と、訪ねてきた僧との問答を扱う。睦州が「近ごろどこから来たか」と問うと、僧はいきなり「喝!」と一喝で応じた。睦州が「老僧、汝の一喝を受けた」と言うと僧はまた喝する。「三喝四喝ののちはどうする」と重ねて問われたところで、僧は何も言えなくなった。睦州はすかさず打ちすえ、「この掠虚頭の漢(見せかけだけの男)」と言い放つ。この僧の出方を評したのが「只だ恐らくは竜頭蛇尾ならん」——頭は竜のようだが尾は蛇だろう、という一句である。禅問答の出だしの勢いだけが立派で中身が続かない者への評が、そのまま尻すぼみのたとえとして日本語に入った。日本語の用例は近代に目立ち、四字熟語を知る辞典は福田英子『妾の半生涯』(一九〇四年)と、森鷗外『独身』(一九一〇年)の「もうおしまいか。竜頭蛇尾だね」を挙げる。
似た語と間違えない
「尻切れとんぼ」が途中で終わってしまったこと自体を指すのに対し、「竜頭蛇尾」は出だしが立派だったという対比を必ず含む。だから始まりが平凡なまま終わったものは竜頭蛇尾とは言わない。「三日坊主」は続かない人の性向を言う語で、一つの企画や試合の経過そのものには使いにくい。
対義語: 有終の美、初志貫徹、徹頭徹尾
こんなシーンで使う
始まりの勢いに対して終わりが伴わなかったことを評する語で、聞き手には「結果が出ないまま立ち消えた」という判定として届く。他人の企画や試合に向けて使うと批評の色が濃くなるが、自分たちの過去を振り返って「昨年は竜頭蛇尾だった」と言い、今年どこを変えるかを続けると、宣言のほうが引き立つ。面接で自分の経験に使うなら、竜頭蛇尾で終わった反省と、その後に何を変えたかをセットにしないと、途中で投げ出す人という印象だけが残る。進行中の物事に使うと結末を決めつけることになるので、終わったことに対して使う語である。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 竜頭蛇尾の類義語は?
- 尻切れとんぼ、三日坊主
- 竜頭蛇尾の由来は?
- 出典は南宋の禅書『碧巌録』の第一〇則。雪竇重顕が選んだ公案に圜悟克勤が評唱を付した書で、この則は唐代の禅僧・睦州道明——陳尊宿とも呼ばれる——と、訪ねてきた僧との問答を扱う。