面壁九年(めんぺきくねん)
壁に向かって座禅を九年も続けたという故事のように、長い年月わき目もふらず一つのことに打ち込むこと。
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そのまま使える例文
就任の挨拶で「面壁九年の覚悟で、この事業に腰を据えて取り組みます」と述べた。
深掘りに備える — 由来
禅宗の初祖とされる菩提達磨(ぼだいだるま)が、嵩山(すうざん)の少林寺で九年のあいだ壁に向かって坐禅を続け、悟りに至ったという故事に基づく。達磨は南インドから中国に渡った僧と伝えられ、梁の武帝と問答して意が通じなかったのち北魏に移り、少林寺で黙して壁に向かったとされる。
聞かれたら: 「『景徳伝灯録』巻三に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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禅宗の初祖とされる菩提達磨(ぼだいだるま)が、嵩山(すうざん)の少林寺で九年のあいだ壁に向かって坐禅を続け、悟りに至ったという故事に基づく。達磨は南インドから中国に渡った僧と伝えられ、梁の武帝と問答して意が通じなかったのち北魏に移り、少林寺で黙して壁に向かったとされる。この逸話の典拠については、宋代の禅の灯史『景徳伝灯録』巻三を挙げる辞典と、同じく宋代の公案集『碧巌録』を挙げる辞典があり、一定しない。達磨の伝記は後世の禅宗のなかで整えられた部分が大きく、九年という年数も含めて史実として確かめられているわけではない。日本では歌舞伎『小春穏沖津白浪』(1864年)に「面壁九年の禅家の祖師達磨大師」と見え、幕末には成語として通用していたことがわかる。語順を入れ替えた「九年面壁」も同義で使われる。
似た語と間違えない
「一心不乱」が一つのことに没入している状態そのものを指すのに対し、「面壁九年」は同じ場所で同じことを続けた年月の長さに重心がある。「刻苦勉励」が苦労して励むことの一般的な形容であるのに比べ、こちらは成果が出るまで動かずに続けた姿を含意する。
対義語: 三日坊主、竜頭蛇尾
こんなシーンで使う
腰を据えて長期戦に臨む姿勢を示す場面に向く。就任の挨拶や事業の宣言で使うと、聞き手には「短期の成果を約束していない」という含みが伝わり、地道さの表明として受け取られる。一方で九年という具体的な年数が語に入っているため、数か月から一年程度の取り組みに使うと大げさに響く。禅の故事に由来し、達磨大師が壁に向かい続けた九年を指すことを一言添えられると、深掘りされたときの答えになる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 面壁九年の類義語は?
- 九年面壁、刻苦勉励、一心不乱、韋編三絶
- 面壁九年の由来は?
- 禅宗の初祖とされる菩提達磨(ぼだいだるま)が、嵩山(すうざん)の少林寺で九年のあいだ壁に向かって坐禅を続け、悟りに至ったという故事に基づく。達磨は南インドから中国に渡った僧と伝えられ、梁の武帝と問答して意が通じなかったのち北魏に移り、少林寺で黙して壁に向かったとされる。