一心不乱いっしんふらん

ただ一つの物事に心を集中させ、他のことには一切気を取られない状態を表す言葉。雑念をすべて払い、目の前のことにひたすら没頭し打ち込むさまを指し、勉強やスポーツ、仕事などに全力で取り組む様子を表現する際に使われる。

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この語を使ってよい場面◎最適 ○使える △注意
面接勉強・受験など、一人で打ち込んだ経験と合わせて集中力を語れる
部活個人として没頭した取り組みを語るなら自然
注意: チームでの協力や周囲を巻き込む場面には向かない。あくまで一人の集中力を語る言葉。

そのまま使える例文

面接

面接では、「一心不乱に目標へ取り組む姿勢を大切にしています」と自分の強みを伝えた。

彼女は締め切り前の三日間、一心不乱に原稿と向き合い続けた。
スポーツコーチは試合前、「一心不乱にボールを追いかけろ」と選手たちに声をかけた。
座右の銘を尋ねられ、「一心不乱です。目の前のことに集中する大切さを表しています」と答えた。

深掘りに備える — 由来

出典: 阿弥陀経

出典は仏教経典『阿弥陀経』とされる。同経には「執持名号、若一日、若二日、若三日、若四日、若五日、若六日、若七日、一心不乱」という一節があり、阿弥陀仏の名号を一日から七日にわたって心に保ち続け、心を乱さずにいれば、臨終に際して仏がその人の前に姿を現すという趣旨が説かれている。

聞かれたら: 「阿弥陀経に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。

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出典は仏教経典『阿弥陀経』とされる。同経には「執持名号、若一日、若二日、若三日、若四日、若五日、若六日、若七日、一心不乱」という一節があり、阿弥陀仏の名号を一日から七日にわたって心に保ち続け、心を乱さずにいれば、臨終に際して仏がその人の前に姿を現すという趣旨が説かれている。原語はサンスクリット語で「乱れない心」を意味する語の訳とされる。もとは念仏を一心に唱え、雑念なく仏に帰依する状態を説く仏教語であったが、次第に宗教的な文脈を離れ、勉強や仕事、スポーツなど一つの物事にひたすら打ち込む状態全般を指す一般語として広く使われるようになったと考えられている。『大般若波羅蜜多経』にも同様の語が見え、仏教の瞑想(止観)における「止」の境地を表す語としても用いられる。

似た語と間違えない

一心不乱ただ一つの物事に心を集中させ、他のことには一切気を取られない状態を表す言葉。
一意専心他のことに一切気を取られず、ただ一つの物事だけに心を集中させることを表す言葉。
無我夢中
一所懸命

一心不乱は雑念が入り込む余地がないほどの没入を表す点で、意志の強さを前面に出す「一意専心」や、我を忘れるほどの熱中を指す「無我夢中」と意味が近いが、原語が仏教の瞑想的な集中に由来するぶん、静かに一つのことへ沈み込むような没頭にも使いやすい。「一所懸命」は命がけの必死さを含意する点で、心の静けさを含む一心不乱とはニュアンスが異なる。

対義語: 心ここにあらず、上の空

こんなシーンで使う

面接やスピーチで「一つのことに集中できる」という強みを伝えたいときに使いやすく、勉強・受験・部活動など個人の没頭ぶりを語る場面によく合う。もとが仏教語で静かな没入を表すため、チームでの協力や周囲を巻き込む場面には向かず、あくまで一人の集中力を語る言葉として使うのが自然。

以下のテーマ・シーンでよく使われます。

よくある質問

一心不乱の類義語は?
一意専心、無我夢中、一所懸命
一心不乱はどんな場面で使いますか?
部活で使うとき
一心不乱の由来は?
出典は仏教経典『阿弥陀経』とされる。同経には「執持名号、若一日、若二日、若三日、若四日、若五日、若六日、若七日、一心不乱」という一節があり、阿弥陀仏の名号を一日から七日にわたって心に保ち続け、心を乱さずにいれば、臨終に際して仏がその人の前に姿を現すという趣旨が説かれている。
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