蛍雪之功(けいせつのこう)
貧しい中でも蛍の光や雪明かりで勉強したという故事のように、苦労を重ねて学問に励んだ成果。また、そうして苦労しながら学問に励むことそのものを指しても使う。
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そのまま使える例文
卒業式の祝辞で「みなさんの三年間は、まさに蛍雪の功と呼ぶにふさわしいものでした」と述べた。
深掘りに備える — 由来
「蛍」と「雪」は、晋(東晋)の車胤(しゃいん)と孫康(そんこう)という二人の苦学の逸話を指す。車胤の話は『晋書』車胤伝に見え、家が貧しく灯火の油を常には手に入れられなかったため、夏の夜は薄絹の袋に数十匹の蛍を入れ、その光で書を照らして読んだと記される。
聞かれたら: 「『晋書』車胤伝、『蒙求』に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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「蛍」と「雪」は、晋(東晋)の車胤(しゃいん)と孫康(そんこう)という二人の苦学の逸話を指す。車胤の話は『晋書』車胤伝に見え、家が貧しく灯火の油を常には手に入れられなかったため、夏の夜は薄絹の袋に数十匹の蛍を入れ、その光で書を照らして読んだと記される。孫康は冬の夜、雪明かりで書を読んだと伝えられるが、この話の出所は資料によって異なり、『蒙求』の古注が引く『孫氏世録』を挙げるものと、『初学記』が引く『宋斉語』を挙げる辞典とがある。辞典の多くは出典を『晋書』とまとめて示すが、同書の車胤伝に載るのは車胤の話である。二人はのちに高位の官職に就いたとされる。唐代の幼学書『蒙求』が「孫康映雪、車胤聚蛍」と二つの話を対にして収めたことで、一組の故事として広まった。日本での用例は古く、『精選版 日本国語大辞典』は鎌倉時代の『沙石集』(1283年)に見える「蛍雪の功年積りて」を引いている。1881年の『小学唱歌集』に載った唱歌「蛍の光」の歌い出し「蛍の光、窓の雪」も、この故事を下敷きにしたものである。表記は「蛍雪の功」の形が一般的。
似た語と間違えない
「刻苦勉励」が苦しさに耐えて励む姿勢そのものを指すのに対し、「蛍雪之功」は励んだ結果として得られた成果に重心があり、「功を積む」「功が実る」のように結果とセットで使う。「苦学力行」は苦労して学び努力すること全般を言い、故事の背景は持たない。「蛍窓雪案」「車蛍孫雪」は同じ車胤・孫康の故事から生まれた語で、成果よりも苦学する姿を表す。一部の辞典は「韋編三絶」を類義語に、「一暴十寒」を対義語に挙げているが、辞典間で一致した対義語は確認できなかった。
こんなシーンで使う
卒業式や合格の報告など、努力が結果に届いた場面を第三者が讃えるときに収まる。聞き手には「恵まれない条件のなかで続けた」という含みまで届くため、単に「よく頑張った」と言うより重い評価になる。祝辞で使うなら「卒業式で歌われる『蛍の光』の歌詞と同じ故事です」と一言添えると、故事を知らない聴衆にも情景が伝わる。逆に自分の努力を指して「蛍雪の功を積みました」と述べると、貧苦を売りにした自賛に聞こえやすい。形は「蛍雪の功を積む」「蛍雪の功成る」「蛍雪の功が実る」のように、積み重ねや結実を表す動詞と組み合わせるのが定型。読みは「けいせつのこう」で、話し言葉では「蛍雪の功」の形を使うほうが耳に馴染む。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 蛍雪之功の類義語は?
- 刻苦勉励、苦学力行、蛍窓雪案、車蛍孫雪
- 蛍雪之功の由来は?
- 「蛍」と「雪」は、晋(東晋)の車胤(しゃいん)と孫康(そんこう)という二人の苦学の逸話を指す。車胤の話は『晋書』車胤伝に見え、家が貧しく灯火の油を常には手に入れられなかったため、夏の夜は薄絹の袋に数十匹の蛍を入れ、その光で書を照らして読んだと記される。