一炊之夢(いっすいのゆめ)
飯を一炊きする間に見た栄華の夢のように、人の世の栄光や富貴がはかなく短いことのたとえ。
最終更新日:
そのまま使える例文
創業記念の挨拶で「上場の日の熱狂を一炊之夢にしないために、明日からの仕事がある」と社員に語った。
深掘りに備える — 由来
出典は唐代の伝奇小説『枕中記』で、作者は沈既済とするのが通説である(精選版 日本国語大辞典)。趙の都であった邯鄲の宿で、立身を願う青年・盧生が道士の呂翁から枕を借りて眠り、夢の中で栄達と浮沈の五十余年を過ごす。
聞かれたら: 「『枕中記』に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
由来の全文を読む
出典は唐代の伝奇小説『枕中記』で、作者は沈既済とするのが通説である(精選版 日本国語大辞典)。趙の都であった邯鄲の宿で、立身を願う青年・盧生が道士の呂翁から枕を借りて眠り、夢の中で栄達と浮沈の五十余年を過ごす。ところが目覚めてみると、宿の主人が炊いていた飯はまだ炊き上がっていなかった、という筋である。この「飯が一度炊き上がるほどの短い間の夢」という点を取って「一炊の夢」と呼ぶ。同じ故事から「邯鄲之夢」「邯鄲の枕」「盧生の夢」とも言い、炊かれていたのが黄粱(おおあわ)であることから「黄粱一炊の夢」の形もある。辞典が引く日本語の用例は謡曲「鉢木」(一五四五年頃)、二葉亭四迷『浮雲』(一八八七〜八九年)、大町桂月『常磐の山水』(一九〇七年)など(精選版 日本国語大辞典・故事成語を知る辞典)。国語辞典の見出しは「一炊の夢」の形が一般的である。
似た語と間違えない
「邯鄲之夢」は同じ『枕中記』の故事から出た語で意味も重なるが、舞台となった地名で故事全体を指す。「一炊之夢」は飯が炊き上がるまでという夢の短さに焦点がある。「夢幻泡影」は仏教の立場からこの世のものすべてに実体がないことを説く語で、栄達の空しさに限らない点が違う。
こんなシーンで使う
栄華や高揚が短くはかなかったことを振り返る語で、聞き手には「浮かれずに足元を見よう」という自戒として届く。創業記念や退任の挨拶で自分たちの来歴に向けて使えば引き締まった印象になるが、他人の成功を指して言えば、その成功を空しいと断じる皮肉になる。自分の経歴に使う場合も、何をはかないと感じたのかを言い添えないと、これまでの仕事を否定したように受け取られる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 一炊之夢の類義語は?
- 邯鄲之夢、夢幻泡影、邯鄲の枕、南柯の夢
- 一炊之夢の由来は?
- 出典は唐代の伝奇小説『枕中記』で、作者は沈既済とするのが通説である(精選版 日本国語大辞典)。趙の都であった邯鄲の宿で、立身を願う青年・盧生が道士の呂翁から枕を借りて眠り、夢の中で栄達と浮沈の五十余年を過ごす。