韋編三絶(いへんさんぜつ)
書物の綴じ紐が何度も切れるほど、繰り返し熱心に読書し学ぶこと。
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そのまま使える例文
退官記念の会で、教え子の代表が「先生の研究室には、韋編三絶という言葉そのままに背の割れた本が並んでいました」と語った。
深掘りに備える — 由来
『史記』孔子世家に見える孔子の故事に基づく。同篇は、孔子が晩年に『易』を好み、彖・繋・象・説卦・文言を順序立てたと記したうえで、「易を読み、韋編三たび絶つ」と続け、孔子が「我に数年を仮さば、是くの若くにして、我易に於いては則ち彬彬たらん」(あと数年あれば、易に十分通じることができるだろう)と語ったと伝える。
聞かれたら: 「『史記』孔子世家に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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『史記』孔子世家に見える孔子の故事に基づく。同篇は、孔子が晩年に『易』を好み、彖・繋・象・説卦・文言を順序立てたと記したうえで、「易を読み、韋編三たび絶つ」と続け、孔子が「我に数年を仮さば、是くの若くにして、我易に於いては則ち彬彬たらん」(あと数年あれば、易に十分通じることができるだろう)と語ったと伝える。紙が普及する前の中国の書物は竹の札をなめし革の紐で綴じたもので、その紐やそうして綴じた書物を「韋編」と呼んだ(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。その紐が三度も切れるほど一冊を読み込んだ、というのが語の骨格であり、晩年になっても学び直していた孔子の姿が、この語に重みを与えている。日本では「韋編三度絶つ」の形でも言い、精選版日本国語大辞典は『空華日用工夫略集』の永徳元年(一三八一年)の条を用例に挙げる。近代以降も吉川幸次郎『短長亭集』(一九六四年)、丸谷才一『日本語のために』(一九七四年)に使用例がある(四字熟語を知る辞典)。
似た語と間違えない
「蛍雪之功」が貧しい条件のなかで学んだ苦労とその成果を指すのに対し、韋編三絶は同じ書物を何度も読み返す熟読の姿そのものに焦点があり、貧しさや成果までは含まない。「刻苦勉励」が苦労に耐えて励む姿勢一般を言うのに比べ、韋編三絶は学びの対象が書物であり、読み込んだ回数と熱心さを形容する語である。
対義語: 三日坊主
こんなシーンで使う
繰り返し学ぶ姿勢を、綴じ紐が切れるという具体的な像で伝えられる語。恩師の退官や先輩の送別で使うと、聞き手には「一冊を読み込むほど学び続けた人だった」という敬意がそのまま届く。一方、自分の勉強ぶりを指して「韋編三絶で取り組みました」と言うと、面接官には孔子の故事を自分に当てはめた大げさな自己評価に聞こえやすく、何を何回読んだのかという具体が伴わなければ中身のない引用になる。耳で聞いただけでは字が浮かびにくい語なので、スピーチで使うなら「綴じ紐が三度切れるほど読んだという孔子の故事」と一言添えると伝わる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 韋編三絶の類義語は?
- 読書百遍、蛍雪之功、刻苦勉励
- 韋編三絶の由来は?
- 『史記』孔子世家に見える孔子の故事に基づく。同篇は、孔子が晩年に『易』を好み、彖・繋・象・説卦・文言を順序立てたと記したうえで、「易を読み、韋編三たび絶つ」と続け、孔子が「我に数年を仮さば、是くの若くにして、我易に於いては則ち彬彬たらん」(あと数年あれば、易に十分通じることができるだろう)と語ったと伝える。