四字熟語

抱腹絶倒(ほうふくぜっとう)

お腹を抱えてひっくり返るほど、おかしくてたまらないこと。作品や話の面白さを最大級に言うときに使う。

最終更新日:

この語を使ってよい場面◎最適 ○使える △注意
○スピーチ人ではなく作品・エピソードを対象にすれば場を選ばない。繰り返すと軽くなる
注意: 人の言動を評して使うと、褒めたつもりでも「笑い者にした」と受け取られることがある。

そのまま使える例文

スピーチ

送別会の挨拶で「彼の失敗談はいつも抱腹絶倒で、部の空気を何度も救ってくれました」と話した。

落語会の高座は抱腹絶倒の連続で、終演後も客席のざわめきが収まらなかった。
抱腹絶倒という評判につられて観に行った映画が、思ったほど笑えなかった。
会議前の雑談が抱腹絶倒の脱線になり、気づけば開始予定を三十分過ぎていた。

深掘りに備える — 由来

出典: 「捧腹」の語は『史記』日者列伝

本来の表記は「捧腹絶倒」で、「捧」は両手で抱える意(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典は見出しを「捧腹絶倒/抱腹絶倒」と併記)。「捧腹」の語は『史記』日者列伝(褚少孫の補筆部分)に見え、卜者を賤しい職と決めてかかった宋忠・賈誼の問いに対し、占い師の司馬季主が「捧腹大笑」して答えたと記される。

聞かれたら: 「「捧腹」の語は『史記』日者列伝に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。

由来の全文を読む

本来の表記は「捧腹絶倒」で、「捧」は両手で抱える意(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典は見出しを「捧腹絶倒/抱腹絶倒」と併記)。「捧腹」の語は『史記』日者列伝(褚少孫の補筆部分)に見え、卜者を賤しい職と決めてかかった宋忠・賈誼の問いに対し、占い師の司馬季主が「捧腹大笑」して答えたと記される。「絶倒」は本来、驚きや悲しみなど感情が極まって倒れそうになることで(字通は『晋書』衛玠伝を引く)、精選版日本国語大辞典は「笑いくずれる」意を第二義に置く。ただし四字熟語「捧腹絶倒」そのものは台湾教育部の『成語典』『重編国語辞典修訂本』に見出しがなく、中国語では「捧腹大笑」「令人捧腹」の形で止まる。日本語では「捧腹」が『蔭凉軒日録』文明十八年(1486)、「絶倒」が『中華若木詩抄』(1520頃)にさかのぼるが、四字での初出として精選版日本国語大辞典が挙げるのは『新聞雑誌』三五号(明治五年=1872)の「衆人一斉抱腹絶倒せしとぞ」で、四字熟語を知る辞典は内田魯庵『社会百面相』(1902)の「捧腹絶倒」と中村光夫『虚実』(1968〜69)の「抱腹絶倒」を引く。二語を組み合わせた四字熟語としては明治期の日本語で定着したとみられる。

似た語と間違えない

抱腹絶倒お腹を抱えてひっくり返るほど、おかしくてたまらないこと。
捧腹絶倒
呵呵大笑「わっはっは」「からから」と声をあげて、大きく豪快に笑うこと。

辞典が類義語として挙げるのは「呵呵大笑」(デジタル大辞泉の類語欄・四字熟語辞典オンライン)。「呵呵大笑」が「わっはっは」という笑い方そのもの、しかも豪快さや度量の大きさを含んだ笑いを指すのに対し、「抱腹絶倒」は笑わせる側の面白さの度合いに重心がある。四字熟語辞典オンラインはさらに「捧腹大笑」「破顔大笑」を並べる。「捧腹大笑」は『史記』の原句そのままの形で意味も同じだが、日本語で使われるのはまれ。デジタル大辞泉の類語欄には「腹を抱える」「腹の皮を縒る」「笑い転げる」といった和語の言い回しも並ぶ。

こんなシーンで使う

出来事や作品の面白さを最大級に褒める語で、聞き手の期待値を一気に上げて届く。人の言動を評して使うと、褒めているつもりでも「笑い者にした」と受け取られることがあるので、対象は舞台・作品・話そのものに置くのが安全。挨拶やスピーチで他人のエピソードに使うときは、本人が笑われても平気な間柄かを確かめてから使いたい。誇張の語なので、一度のスピーチで二度三度と繰り返すと軽く聞こえる。書き言葉寄りの語で、日常会話では「大笑いした」のほうが自然に響く。表記は「抱腹絶倒」が現在の一般形、「捧腹絶倒」が本来の形で、どちらで書いても誤りではない。一部の解説は本来の表記を「棒腹絶倒」と記すが、主要な辞典の見出しはいずれも「捧」で、「棒」は避けたい。

以下のテーマ・シーンでよく使われます。

よくある質問

抱腹絶倒の類義語は?
捧腹絶倒、呵呵大笑
抱腹絶倒の由来は?
本来の表記は「捧腹絶倒」で、「捧」は両手で抱える意(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典は見出しを「捧腹絶倒/抱腹絶倒」と併記)。「捧腹」の語は『史記』日者列伝(褚少孫の補筆部分)に見え、卜者を賤しい職と決めてかかった宋忠・賈誼の問いに対し、占い師の司馬季主が「捧腹大笑」して答えたと記される。
PR
言葉の本で理解を深めるなら
楽天ブックスで「四字熟語」の本を探す
見てみる