寤寐思服(ごびしふく)
寝ても覚めても、片時も忘れずに相手を思い続けること。「寤」は目が覚めていること、「寐」は寝ていること、「思服」は心に思い続けることという字義を持つ。
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そのまま使える例文
披露宴のスピーチで「新郎はまさに寤寐思服、三年越しでこの日にたどり着きました」と紹介した。
深掘りに備える — 由来
出典は『詩経』国風・周南の巻頭詩「関雎」。中国哲学書電子化計画(ctext.
聞かれたら: 「『詩経』国風・周南「関雎」の「求之不得、寤寐思服に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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出典は『詩経』国風・周南の巻頭詩「関雎」。中国哲学書電子化計画(ctext.org)で読める本文に「求之不得、寤寐思服。悠哉悠哉、輾轉反側」——之を求むれども得ず、寤寐に思服す。悠なるかな悠なるかな、輾転反側す——とあり、ここが語の出どころである。「寤」は目覚めていること、「寐」は寝ていること、あわせて昼夜の別なくの意。「思服」は「服」が思うの意で、「思」は助字と解される。詩そのものは、川の中州で鳴く雎鳩(みさご)に始まり、荇菜(あさざ)を左右に手繰る手つきに重ねて「窈窕たる淑女は君子の好逑」——しとやかな女性こそふさわしい連れ合いだ——とうたう求愛の歌である。直前の章にすでに「寤寐に之を求む」とあり、求めても得られないまま夜通し寝返りを打つのが「寤寐思服」の章にあたる。四字熟語「輾転反側」も同じ二行から出ている。詩の末尾は琴瑟を鳴らし鐘鼓を打って迎える場面へ転じ、思いが遂げられたところで終わる。なお『毛詩序』はこの詩を「后妃の徳なり」と説き、恋の歌を為政者の徳の比喩として読む解釈が長く行われてきた。日本語では「ごびしふく」と読み、四字熟語辞典も『詩経』周南・関雎を出典として挙げる。
似た語と間違えない
「一日千秋」が待つ時間の長さを体感として表すのに対し、寤寐思服は昼夜の区別なく思いが頭を離れない状態そのものを指す。「輾転反側」は同じ二行から出た語だが、眠れずに寝返りを打つという身体の描写に重心がある。「相思相愛」が双方向の関係を指すのに対し、寤寐思服は原典の文脈上、片側からの一方通行の思いを言う。
こんなシーンで使う
恋の歌から出た語で、しかも原典では「求めても得られない」側の言葉である。届いた思いではなく、届かないまま思い続けている状態を指すので、すでに結ばれた二人をそのまま形容するとずれる。人前で使うなら、披露宴のスピーチで二人がそこに至るまでの片思いの時期を振り返る形が収まりよく、聞き手には「長く待った人」という像が届く。面接やESで座右の銘として挙げると、思いの対象が人である語のため志望動機や仕事の文脈に接続しにくく、深掘りの二問目で止まりやすい。読みが「ごびしふく」と難しく字も見慣れないので、口頭では意味を一言添えたい。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 寤寐思服の類義語は?
- 一日千秋、輾転反側、昼想夜夢
- 寤寐思服の由来は?
- 出典は『詩経』国風・周南の巻頭詩「関雎」。中国哲学書電子化計画(ctext.