そのまま使える例文
就任の挨拶で「粉骨砕身、努めてまいります」と述べた。
深掘りに備える — 由来
仏教、とくに禅の文脈で古くから使われてきた表現。中国唐代の僧・永嘉玄覚の作と伝えられる『証道歌(永嘉証道歌)』に「粉骨砕身も未だ酬ゆるに足らず、一句了然として百億を超ゆ」の句があり、骨を粉にし身を砕くほど尽くしてもなお受けた恩には報いきれない、という文脈で用いられている(証道歌の作者については後世に異説もある)。
聞かれたら: 「『永嘉証道歌』に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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仏教、とくに禅の文脈で古くから使われてきた表現。中国唐代の僧・永嘉玄覚の作と伝えられる『証道歌(永嘉証道歌)』に「粉骨砕身も未だ酬ゆるに足らず、一句了然として百億を超ゆ」の句があり、骨を粉にし身を砕くほど尽くしてもなお受けた恩には報いきれない、という文脈で用いられている(証道歌の作者については後世に異説もある)。日本語の用例としては、精選版日本国語大辞典が道元『正法眼蔵』面授(1231〜53年)の「その粉骨砕身、いく千万変といふことをしらず」を挙げる。一方、唐代の伝奇小説『霍小玉伝』を出典とする四字熟語辞典もあり、どの文献を出典と見るかは辞典によって一定しない。いずれにせよ、身を犠牲にしてでも尽くすという仏教的な献身の語感が元にある。
似た語と間違えない
「一生懸命」が努力の程度を広く指すのに対し、「粉骨砕身」は自分の身を削ることを前提にした強い覚悟を含む。「全身全霊」が持てる力のすべてを注ぐことに重心を置くのに対し、こちらは骨を粉にし身を砕くという身体的な犠牲の比喩がそのまま残っている点が違う。
対義語: 手を抜く、三日坊主
こんなシーンで使う
就任の挨拶や決意表明の場で、これから全力を尽くすという姿勢を格式のある言い方で示せる。聴衆には献身の強さが伝わる一方、現代では長時間労働や自己犠牲を連想させることもあり、就活の場で使うと「体を壊してでも働く人」という受け取られ方をする可能性がある。また、自分の決意として言うのは自然だが、他人に向けて「粉骨砕身しろ」と求める形で使うと圧の強い言葉になる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 粉骨砕身の類義語は?
- 一生懸命、全身全霊、堅忍不抜
- 粉骨砕身はどんな場面で使いますか?
- 部活で使うとき
- 粉骨砕身の由来は?
- 仏教、とくに禅の文脈で古くから使われてきた表現。中国唐代の僧・永嘉玄覚の作と伝えられる『証道歌(永嘉証道歌)』に「粉骨砕身も未だ酬ゆるに足らず、一句了然として百億を超ゆ」の句があり、骨を粉にし身を砕くほど尽くしてもなお受けた恩には報いきれない、という文脈で用いられている(証道歌の作者については後世に異説もある)。