四字熟語

傍若無人ぼうじゃくぶじん

まるで周りに誰もいないかのように、勝手気ままに振る舞うこと。

最終更新日:

この語を使ってよい場面◎最適 ○使える △注意
面接前の環境を評する語として使うと他責に聞こえる。座右の銘には成立しない
部活「傍若無人なプレーはしない」と否定形で掲げる形なら通る
注意: その場の人を人と思わない、という強い非難語。個人に向けると言った側の激しさのほうが残る。

そのまま使える例文

株主総会で「一部の役員の傍若無人な振る舞いが現場の士気を削いでいる」と指摘した。

部の全体ミーティングで「勝ち負け以前に、傍若無人なプレーだけはしないでいこう」と話した。
終電間際の車内で大声を上げ続ける集団の傍若無人ぶりに、誰もが目を伏せていた。
新しい上司は会議の途中で他人の発言を平然と遮る、傍若無人な人だった。

深掘りに備える — 由来

出典: 『史記』刺客列伝

『史記』刺客列伝に出る一節が原典で、原文の表記は「旁若無人」。舞台は戦国末の燕である。

聞かれたら: 「『史記』刺客列伝に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。

由来の全文を読む

『史記』刺客列伝に出る一節が原典で、原文の表記は「旁若無人」。舞台は戦国末の燕である。のちに太子丹の命を受けて秦王政(のちの始皇帝)の暗殺に向かう荊軻は、それ以前、筑(ちく)の名手だった高漸離と市中で日々酒を飲んでいた。精選版日本国語大辞典が引く原文は「高漸離筑を撃ち、荊軻和して市中に歌い、相楽しむなり。已にして相泣き、旁ら人無きが若き者なり」。高漸離が筑を鳴らし、荊軻がそれに和して歌い、興が乗れば二人で泣きもする——その様子を司馬遷は「傍らに人無きが若し」と描いた。つまり原典では、他人への非難というより、世間の目を意に介さない豪放さの描写に近い。日本での用例は古く、精選版日本国語大辞典は『中右記』保安元年(一一二〇)七月二十二日条の「天下の権威傍若無人なり」を初出に挙げ、『太平記』巻十(一四世紀後半)にも「傍若無人の振舞」と見える。日本語では早い段階から、他人を顧みない振る舞いを咎める語のほうに定着した。

似た語と間違えない

傍若無人まるで周りに誰もいないかのように、勝手気ままに振る舞うこと。
厚顔無恥
唯我独尊
我が物顔

「厚顔無恥」が恥を知らないという内面への評価であるのに対し、「傍若無人」は周囲の存在を無視した振る舞いそのものを指す。「我が物顔」は場を自分のもののように扱う態度に限られ、騒がしさや無遠慮な言動までは含まない。「唯我独尊」は自分だけが優れているという思い上がりに重心があり、他人が見えていない点は共通しても、傍若無人には「見えていて気にしない」という開き直りの含みがある。

対義語: 謙譲、小心翼翼

こんなシーンで使う

他人を顧みない振る舞いを咎める語で、聞き手には「その場にいる人を人と思っていない」という強い非難として届く。会議や総会で個人に向けて使えば、指摘の正当性より言った側の激しさのほうが記憶に残りやすいので、対象は個人名ではなく振る舞いに絞りたい。面接やESで前職・前の環境を評してこの語を使うと、事実がどうであれ「他責の人」という印象が先に立つ。自分たちの目標として「傍若無人なプレーはしない」と否定形で掲げる形なら、チームの前でも角が立たない。座右の銘として掲げる語ではない。

以下のテーマ・シーンでよく使われます。

よくある質問

傍若無人の類義語は?
厚顔無恥、唯我独尊、我が物顔
傍若無人の由来は?
『史記』刺客列伝に出る一節が原典で、原文の表記は「旁若無人」。舞台は戦国末の燕である。
PR
言葉の本で理解を深めるなら
楽天ブックスで「四字熟語」の本を探す
見てみる