莫逆之友(ばくぎゃくのとも)
お互いの考えが何ひとつ逆らわず一致するほど、心の底から気の合う親友。
最終更新日:
そのまま使える例文
送別会の挨拶で「彼とは入社以来の莫逆之友です」と切り出し、読みと意味を一言添えた。
深掘りに備える — 由来
『荘子』大宗師篇に出る。子祀・子輿・子犂・子来の四人が語り合い、「孰か能く無を以て首と為し、生を以て脊と為し、死を以て尻と為さん。
聞かれたら: 「『荘子』大宗師篇に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
由来の全文を読む
『荘子』大宗師篇に出る。子祀・子輿・子犂・子来の四人が語り合い、「孰か能く無を以て首と為し、生を以て脊と為し、死を以て尻と為さん。孰か死生存亡の一体なるを知る者ぞ。吾は之と友たらん」と言うと、「四人相視て笑ひ、心に逆らふこと莫く、遂に相与に友と為る」と続く。無から生まれ、生き、死ぬまでが一続きの体のようなものだと分かる者となら友になれる——その一点が食い違わなかったことを「莫逆於心」と言った。同じ篇には子桑戸・孟子反・子琴張の三人についても同じ句が繰り返されており、特定の二人の逸話ではなく、荘子が友の成り立ちを説明するために置いた言い方だと分かる。『故事成語を知る辞典』もこの話を由来に挙げる。日本での受容は古く、精選版日本国語大辞典は「ばくげき」の項に五山文学の詩文集『空華集』(一三五九〜六八年頃)の「其の莫逆の友、太虚充公と曰ふ」を引き、「ばくぎゃく」の項には坪内逍遙『春迺屋漫筆』(一八九一年)の用例を挙げる。近代では菊池寛『真珠夫人』(一九二〇年)にも見える。
似た語と間違えない
「肝胆相照」が心の奥まで打ち明け合う行為に重心があるのに対し、莫逆之友は打ち明けるまでもなく食い違わない状態を指す。「管鮑之交」は利害を超えて相手を理解する関係、「水魚之交」は離れられない親密さを言う。原典が死生観の一致から説き起こしている点で、この語はものの見方の一致に焦点がある——ただしこれは『荘子』の文脈から導いた整理で、辞典はこれらを互いの類義語として並べるだけで違いを説明していない。
対義語: 犬猿の仲
こんなシーンで使う
長く続いた友人関係を、格式のある言い方で示せる語。送別や結婚式の挨拶、贈る色紙に収まる。聞き手には「仲が良い」以上に「考え方の根が同じ」という含みが届くので、趣味や付き合いの長さだけを根拠に使うと大げさに響く。何について意見が食い違わなかったのかを一つ挙げられる相手に向く。読みは「ばくぎゃく」「ばくげき」の二通りがあり、辞典はどちらも立項している。読み上げる場では先に決めておかないと言い直すことになる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 莫逆之友の類義語は?
- 肝胆相照、管鮑之交、水魚之交、莫逆之交、莫逆之契
- 莫逆之友の由来は?
- 『荘子』大宗師篇に出る。子祀・子輿・子犂・子来の四人が語り合い、「孰か能く無を以て首と為し、生を以て脊と為し、死を以て尻と為さん。