四字熟語

前途多望(ぜんとたぼう)

これから先に大きな期待と可能性が満ちあふれていること。人や事業の将来を、他から見込んで評するときに使う。

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この語を使ってよい場面◎最適 ○使える △注意
◎スピーチ卒業・表彰などで相手の将来に期待を述べる挨拶に向く。読み上げでは「多忙」との聞き違いに注意
△面接他人を評する語なので、自分に使うと自信過剰に聞こえる
注意: 他人の将来を評する語。自分に使うと自信過剰に、目上の人に使うと見下したように響く。口頭では「多忙」と聞き違えられやすい。

そのまま使える例文

スピーチ

卒業式の祝辞で「前途多望な皆さんを送り出せることを、教職員一同うれしく思います」と述べた。

スピーチ表彰式の挨拶で、受賞した若手を前途多望な書き手として紹介した。
新人賞の選評に、前途多望な作家だという評価が並んだ。
この事業は前途多望だが、最初の一年をどう乗り切るかが分かれ目になる。

深掘りに備える — 由来

出典は特定されていない正直に言えるのが強み

出典は特定されていない。中国の故事や特定の人物の言葉に由来するという記録はなく、「前途」(これから先の道のり、将来)と「多望」(望みが多い、将来性がある)を組み合わせた日本語の表現と考えられる。

聞かれたら: 「出典は特定されていない。」と正直に答えるのが最も強い。

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出典は特定されていない。中国の故事や特定の人物の言葉に由来するという記録はなく、「前途」(これから先の道のり、将来)と「多望」(望みが多い、将来性がある)を組み合わせた日本語の表現と考えられる。四字熟語としての辞典収録は薄く、四字熟語辞典オンラインが立項する一方、コトバンクに並ぶデジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・四字熟語を知る辞典には見出しがなく、イミダスの四字熟語辞典と漢字ペディアにも載らない。「多望」単独は辞典に立項があり、精選版日本国語大辞典は三宅雪嶺『偽悪醜日本人』(1891)の「多望の幼弱子弟」、デジタル大辞泉は夏目漱石『門』(1910)の「多望な安之助の未来」を用例に引く。同じ構成の「前途有望」は精選版日本国語大辞典に見出しがあり、漱石『吾輩は猫である』(1905〜06)の用例を載せる。「前途有望」が辞典の標準形として定着し、「前途多望」はその言い換えとして広まった語とみられる。

似た語と間違えない

前途多望これから先に大きな期待と可能性が満ちあふれていること。
前途有望

四字熟語辞典オンラインが類義語に挙げるのは「前途有望」「前途有為」「前途洋洋」「前程遠大」「前途万里」「前程万里」「鵬程万里」「鵬霄万里」である。「前途有望」は見込みがあるという評価、「前途有為」は才能があるという評価で、イミダスは前途洋洋の項で有為は才能、有望は見込みと区別する(ただしイミダスは前途多望を挙げない)。「前途多望」は望みの多さに目を向けた語で、使い方は前途有望とほぼ重なる。「前途洋々」は行く先が広々と開けている明るさ、「鵬程万里」は道のりの遠大さに重心があり、前途多望の類語とするのは四字熟語辞典オンラインのみなので、置き換えるときは意味の差を意識したい。対義語を立てる辞典はないが、四字熟語辞典オンラインは「前途多難」の対義語の側に前途多望を挙げており、意味上の対照語になる。

こんなシーンで使う

卒業式や表彰の挨拶で、これから先の相手に期待を述べる語として収まる。送り出される本人や列席者には「将来を見込まれている」という励ましとして届く。ただし口頭では「たぼう」が「多忙」と同音なので、「前途多忙」と聞き取られて意味が反転するおそれがある。式辞を読み上げるなら「前途有望」のほうが聞き手に引っかからず、「前途多望」は字が見える祝辞の文面や選評・推薦文で生きる。辞典の収録も「前途有望」より薄いので、由来を聞かれたら「有望の言い換え」と答えるにとどめ、故事があるかのように語らない。他人の将来を評する語なので、面接や自己紹介で自分に使うと根拠のない自信に聞こえる。目上の人の将来について使うと見下したように響くことがあり、年長者への祝辞には別の語を選ぶほうが無難。

以下のテーマ・シーンでよく使われます。

よくある質問

前途多望の類義語は?
前途有望
前途多望の由来は?
出典は特定されていない。中国の故事や特定の人物の言葉に由来するという記録はなく、「前途」(これから先の道のり、将来)と「多望」(望みが多い、将来性がある)を組み合わせた日本語の表現と考えられる。
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