四字熟語

心頭滅却しんとうめっきゃく

心の中の雑念や執着を消し去れば、どんな苦しみも苦しみと感じなくなるということ。「心頭を滅却すれば火もまた涼し」の前半を切り出した形で、暑さや苦境を心の持ち方で乗り越える意に使われる。

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この語を使ってよい場面◎最適 ○使える △注意
部活自分たちの決意として掲げるなら伝わる。我慢を強いる言葉にしない
スポーツの目標苦しい場面で雑念に流されない決意を示す語として使える
注意: 暑さや体調不良への我慢を他人に求める文脈で使うと、無理を強いる根性論に聞こえる。

そのまま使える例文

スポーツ

夏の大会前の決起集会で、主将が「心頭滅却の気持ちで、最後の走り込みをやり切ろう」と呼びかけた。

書き初めに「心頭滅却」と書き、受験までの一年は雑念に振り回されないという決意を添えて掲げた。
炎天下の現場で、先輩は「心頭滅却すれば火もまた涼し、とはいかないね」と笑って水を配った。
心頭滅却とはいえ、体調を崩してまで暑さを我慢するのは別の話だ。

深掘りに備える — 由来

出典: 杜荀鶴「夏日題悟空上人院」

出典は唐の詩人・杜荀鶴の詩「夏日題悟空上人院」(夏日、悟空上人の院に題す)。暑い夏の日に悟空上人の僧院を訪ねて詠んだもので、結びの二句「安禅不必須山水/滅得心中火自涼」(安禅は必ずしも山水を須いず、心中を滅し得れば火も自ら涼し)は、坐禅に静かな山水は必ずしも要らず、心の中の火を消してしまえば暑さも自然と涼しく感じられる、と上人の境地をたたえている。

聞かれたら: 「杜荀鶴「夏日題悟空上人院」に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。

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出典は唐の詩人・杜荀鶴の詩「夏日題悟空上人院」(夏日、悟空上人の院に題す)。暑い夏の日に悟空上人の僧院を訪ねて詠んだもので、結びの二句「安禅不必須山水/滅得心中火自涼」(安禅は必ずしも山水を須いず、心中を滅し得れば火も自ら涼し)は、坐禅に静かな山水は必ずしも要らず、心の中の火を消してしまえば暑さも自然と涼しく感じられる、と上人の境地をたたえている。この句は宋代の禅僧・圜悟克勤の『碧巌録』第四十三則にも引かれ、禅語として広まった。日本では、天正十年(1582年)に織田信忠の軍勢が甲斐の恵林寺を焼き討ちした際、住職の快川紹喜が炎の中でこの句を唱えて没したと伝えられ、その逸話とともによく知られるようになった。原詩が「心中」、よく知られる形が「心頭」と字が異なる点は、由来を語るときに押さえておきたい。

似た語と間違えない

心頭滅却心の中の雑念や執着を消し去れば、どんな苦しみも苦しみと感じなくなるということ。
無念無想すべての雑念を払い、心を空にして何も考えない状態。
明鏡止水曇りのない鏡や静かに澄んだ水のように、邪念や迷いのない澄み切った心の状態を表す言葉。
精神統一

「無念無想」は雑念のない無心の状態そのものを言い、「明鏡止水」は曇りのない静かな心境を鏡と水にたとえる。「心頭滅却」は雑念を消すことで苦しさを苦しさと感じなくなる、という苦境を越える働きの側に重心がある。

対義語: 意馬心猿

こんなシーンで使う

部活の決起集会や書き初めで、苦しい練習や暑さに負けない決意を示す語として使われる。句そのものが広く知られているので、チームメイトには一言で「気持ちで乗り切ろう」という意図が伝わる。一方で根性論の言い換えとして受け取られやすく、指導する立場の人が暑さや体調不良を我慢させる文脈で使うと、聞き手には無理を強いる言葉に聞こえる。本来は禅僧の境地をたたえた句であり、他人に我慢を求める標語ではない点を押さえて使いたい。

以下のテーマ・シーンでよく使われます。

よくある質問

心頭滅却の類義語は?
無念無想、明鏡止水、精神統一
心頭滅却の由来は?
出典は唐の詩人・杜荀鶴の詩「夏日題悟空上人院」(夏日、悟空上人の院に題す)。暑い夏の日に悟空上人の僧院を訪ねて詠んだもので、結びの二句「安禅不必須山水/滅得心中火自涼」(安禅は必ずしも山水を須いず、心中を滅し得れば火も自ら涼し)は、坐禅に静かな山水は必ずしも要らず、心の中の火を消してしまえば暑さも自然と涼しく感じられる…
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