四字熟語

心広体胖しんこうたいはん

心が広くおおらかであれば、体つきまでゆったりと落ち着いて見えるということ。内面の余裕が外に表れるという、儒教の人間観を表した言葉。

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この語を使ってよい場面◎最適 ○使える △注意
スピーチ人への構えを掲げる語になる。読みと意味は添えたい
面接自称するとおおらかさの自慢に聞こえ、字面も誤解されやすい
注意: 「胖」が〈太る〉と読まれやすく、体型の話と取られる余地がある。自分について言い切るとおおらかさの自称に聞こえる。

そのまま使える例文

スピーチ

就任の挨拶で「心広体胖という言葉があります。まずは私自身が構えを広く持つところから始めます」と述べた。

書き初めに「心広体胖」と書き、人の話を最後まで聞ける一年にすると決めた。
久しぶりに会った恩師は心広体胖として、こちらの長話を最後まで聞いてくれた。
役職が上がってから、彼の態度はかえって心広体胖になった。

深掘りに備える — 由来

出典: 『大学』

出典は儒教の経典『大学』の、「富は屋を潤し、徳は身を潤す」に続く「心広ければ体胖(ゆた)かなり」という一節である(日本漢字能力検定協会「漢字カフェ」ほか)。財が住まいを立派にするように、徳は人の身を潤すのだ、という対句を受けた箇所に置かれている。

聞かれたら: 「『大学』に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。

由来の全文を読む

出典は儒教の経典『大学』の、「富は屋を潤し、徳は身を潤す」に続く「心広ければ体胖(ゆた)かなり」という一節である(日本漢字能力検定協会「漢字カフェ」ほか)。財が住まいを立派にするように、徳は人の身を潤すのだ、という対句を受けた箇所に置かれている。訓読は資料によって「心広ければ体胖かなり」「心広くして体胖かなり」と揺れる。朱熹の『大学章句』では、この句は心の中を偽らないこと(誠意)を説く章の結びに置かれ、「故に君子は必ず其の意を誠にす」と続く。人目のないところでどう在るかが結局は外に表れる、という文脈の言葉である。注意したいのは「胖」の字で、現代の日本語では〈太る〉の意味が先に立つが、ここでの「胖」は〈ゆたか・のびやか〉の意。体がくつろいでゆるやかであることを言っており、肥満を指す語ではない。

似た語と間違えない

心広体胖心が広くおおらかであれば、体つきまでゆったりと落ち着いて見えるということ。
温厚篤実性格が穏やかで人情に厚く、誠実であること。
春風駘蕩春風がのどかに吹くように、人柄がおっとりと穏やかであること。
寛仁大度

「温厚篤実」が穏やかさに加えて誠実さという人となり全体を指すのに対し、「心広体胖」は心の広さが外見にまで表れるという、内と外の対応に重心がある。「春風駘蕩」がおっとりした雰囲気そのものを描くのに対し、こちらは徳が身を潤すという儒教の理屈を背負っており、由来を語れる分だけ重い。「悠悠閑閑」は時間に追われない様子を言う語で、人に対する広さの話ではない。

対義語: 小心翼翼、戦戦恐恐

こんなシーンで使う

就任の挨拶や書き初めで、人への構えを一語で掲げるときに使える。聞き手には「細かいことで詰めてこない人」という印象が残る。注意したいのは「胖」の読まれ方で、現代語では〈太る〉が先に立つため、人を評して使うと体型を話題にしていると受け取られる余地がある。読みも「しんこうたいはん」とすぐには出てこないので、書いて示せる場面か、意味を一言添えられる場面のほうが向く。自分について「心広体胖です」と言い切るとおおらかさの自称になるため、そう在りたいという形で述べるほうが角が立たない。

以下のテーマ・シーンでよく使われます。

よくある質問

心広体胖の類義語は?
温厚篤実、春風駘蕩、寛仁大度
心広体胖の由来は?
出典は儒教の経典『大学』の、「富は屋を潤し、徳は身を潤す」に続く「心広ければ体胖(ゆた)かなり」という一節である(日本漢字能力検定協会「漢字カフェ」ほか)。財が住まいを立派にするように、徳は人の身を潤すのだ、という対句を受けた箇所に置かれている。
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