刹那(せつな)
極めて短い、一瞬の時間。サンスクリット kṣaṇa の音写語で、仏教では時間の最小単位を指す。「一瞬」より詩的な響きがあり、そこで生まれて消えるという無常の含みを帯びる。
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そのまま使える例文
壮行会の挨拶で「勝負が決まるのは刹那です。その一瞬に手が出るように、今日まで同じ形を繰り返してきました」と述べた。
深掘りに備える — 由来
「刹那」はサンスクリットの kṣaṇa(クシャナ)の音写で、意味を漢語に訳した語ではなく音を漢字で写した語である。そのため「刹」「那」それぞれの字義から意味をたどることはできない。
聞かれたら: 「『阿毘達磨大毘婆沙論』の時間換算に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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「刹那」はサンスクリットの kṣaṇa(クシャナ)の音写で、意味を漢語に訳した語ではなく音を漢字で写した語である。そのため「刹」「那」それぞれの字義から意味をたどることはできない。漢訳では「念」と訳されることもある。仏教では時間の最小単位とされ、『阿毘達磨大毘婆沙論』が伝える換算では、120刹那が1怛刹那、60怛刹那が1臘縛、30臘縛が1須臾(牟呼栗多)、30須臾が1昼夜になる。1昼夜は648万刹那という計算で、現代の時間に直せば一刹那はおよそ75分の1秒。ブリタニカ国際大百科事典は0.013秒ほどと書く。ただし長さには諸説あり、指を弾く間に65刹那とする説(『倶舎論』巻十二)、64刹那とする説があり、「一念」を1刹那とするか60刹那とするかも一定しない。日本語では早くから和文に取り込まれ、精選版日本国語大辞典は『宇津保物語』(970〜999年頃)俊蔭の「文殊、獅子にのりて刹那のあひだに到りて」を初出例に挙げる。近代には「刹那的」の形が現れ、同辞典は夏目漱石『明暗』(1916年)を、時間の短さの意の初出例として挙げている。
似た語と間違えない
「一瞬」が日常語として時間の短さをそのまま指すのに対し、刹那は仏教の時間論を背負っており、短さだけでなく「そこで生まれて消える」という無常の含みが残る。「須臾」も同じ仏典の単位だが、こちらは一昼夜の三十分の一=およそ48分にあたる「しばらくの間」で、刹那とは桁が違う。「瞬間」がある時点を客観的に指す中立な語であるのに対し、刹那は語り手がその一点をどう感じたか(かけがえのなさ・儚さ)まで運ぶ。
対義語: 永遠、悠久、久遠
こんなシーンで使う
二字で短く、響きに余韻があるので、書き初めやスピーチの掴みに置きやすい。聞き手には「一瞬に集中する人」という像が届くが、同時に「刹那的」「刹那主義」——あと先を考えず今の快楽に流れる——の語感を思い出す人もいる。掲げるなら、その刹那のために何を積んだのか(準備・反復)を必ず並べて、その場しのぎの話ではないことを示したい。面接やESで座右の銘として一語だけ出すのは避けたい。行動の裏付けを聞く前の面接官には、計画性のなさと読まれる余地が残る。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 刹那の類義語は?
- 一瞬、瞬間、須臾、瞬時
- 刹那の由来は?
- 「刹那」はサンスクリットの kṣaṇa(クシャナ)の音写で、意味を漢語に訳した語ではなく音を漢字で写した語である。そのため「刹」「那」それぞれの字義から意味をたどることはできない。