気炎万丈(きえんばんじょう)
燃え盛る炎のように、意気込みや勢いが非常に盛んなこと。気迫が言葉や態度になって外にあふれ出ている状態を指す。
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そのまま使える例文
決起集会で「今年こそ全国へ」と主将が気炎万丈の挨拶をした。
深掘りに備える — 由来
出典は特定されていない。中国古典の一節を典拠に挙げる辞典は確認できず、故事に結びつける記録も見当たらない。
聞かれたら: 「出典は特定されていない。」と正直に答えるのが最も強い。
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出典は特定されていない。中国古典の一節を典拠に挙げる辞典は確認できず、故事に結びつける記録も見当たらない。「気炎」は燃え上がるような盛んな意気のことで、精選版日本国語大辞典は「意気さかんな議論」の意も載せ、「気焔」の書き換えだと注記する。そのため「気焔万丈」とも書く。「丈」はもと長さの単位(約三メートル)で、「万丈」はその一万倍、計り知れないほど高いこと。高く燃え立つ炎に噴き上がる意気をなぞらえた構成である。用例は明治期から確認でき、精選版日本国語大辞典は鳥谷部春汀『明治人物月旦』(1896年)の「井上馨の如く気燄万丈ならず」を、デジタル大辞泉は内田魯庵『社会百面相』(1902年)を引く。四字熟語を知る辞典は村岡素一郎『史疑』(1902年)の「気焔万丈、向かうところ敵なし」などを挙げ、人物の弁舌や議論の勢いを評する語として使われてきたことがうかがえる。読みは「ばんじょう」が標準で、精選版日本国語大辞典は「まんじょう」も併記するが、これを誤りとする四字熟語辞典もあり、人前では「ばんじょう」で通すのが安全である。
似た語と間違えない
同じ「気炎」を使う「気炎を揚げる」「気炎を吐く」は、デジタル大辞泉が「威勢のいいことを言う」と説くとおり動作の側から勢いを描く慣用句で、「気炎万丈」はその勢いが頂点に達した状態を四字で言い切った形といえる。「怪気炎」は聞く者が真実味を疑いたくなる盛んな意気を指し、褒め言葉から皮肉へ転じる境目を示す。「意気軒昂」「意気衝天」も意気の盛んさを言う近い語だが、「気炎万丈」の類義語に挙げるのは一部のウェブ辞典にとどまり、コトバンク掲載の各辞典や四字熟語辞典オンライン、イミダスは挙げていない。「意気軒昂」が内側の気力の高さ、「意気衝天」が高さの誇張を言うのに対し、「気炎万丈」は意気込みが外に噴き出す状態に重心がある。辞典で対義語として定まった語は確認できない。
こんなシーンで使う
決起集会や祝勝会など、熱がそのまま場に出てよい席で使うと収まりがよい。聞き手である仲間や後輩には、勢いを共有する掛け声として届く。白熱した会議や討論を振り返って「気炎万丈の議論だった」と評すれば、聴衆には場の熱量が一言で伝わる。一方で自分の抱負として「気炎万丈で臨みます」と言うと、面接官には威勢の良さだけが先に立ち、真実味を疑われる「怪気炎」と紙一重に聞こえかねない。面接では自分を形容するより、熱くなった場をどうさばいたかを語る文脈で使うほうが、落ち着きのある人として映る。静かな決意や地道な継続には合わない。様子を表す語なので「気炎万丈する」とは言わず、「気炎万丈の演説」「気炎万丈だった」と状態を述べる形で使う。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 気炎万丈の類義語は?
- 気炎を揚げる、気炎を吐く
- 気炎万丈はどんな場面で使いますか?
- 部活で使うとき
- 気炎万丈の由来は?
- 出典は特定されていない。中国古典の一節を典拠に挙げる辞典は確認できず、故事に結びつける記録も見当たらない。