傾蓋知己(けいがいのちき)
出会ってすぐ、まるで昔からの友人のように打ち解けられる人。またそのような間柄。
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そのまま使える例文
異業種交流会の挨拶で「初めてお会いしたのに、傾蓋知己とはこのことかと思いました」と述べた。
深掘りに備える — 由来
「傾蓋」は車のきぬがさを傾ける、つまり道で車を止めて語り合うことをいう。この所作の故事は『孔子家語』致思にある。
聞かれたら: 「『孔子家語』致思に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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「傾蓋」は車のきぬがさを傾ける、つまり道で車を止めて語り合うことをいう。この所作の故事は『孔子家語』致思にある。孔子が郯へ向かう途中、道で程子に出会い、蓋を傾けて終日語り合い、たいそう親しくなった。孔子が子路に「束帛を取って先生に贈れ」と命じると、子路は「士は仲介なしには会わず、女は媒なしには嫁がないと聞いています」と渋った。孔子は『詩経』の「邂逅して相遇う、我が願いに適えり」を引き、「程子は天下の賢士である。ここで贈らなければ生涯会うことはできない」と言って贈らせたという。一方、四字熟語としての出典に『史記』魯仲連鄒陽列伝を挙げる辞典もある。讒言で投獄された鄒陽が獄中から梁の孝王に宛てた上書に「諺に曰く、白頭如新、傾蓋如故、と。何ぞ則ち。知ると知らざるとなり」——白髪になるまで付き合っても他人のような相手があり、車を止めて話しただけで旧知のようになる相手もある、違いは相手を知っているかどうかだ——とある。漢字ペディアとデジタル大辞泉は『孔子家語』を、四字熟語辞典オンラインは『史記』を挙げており、どちらを典拠とするかは辞典によって分かれる。
似た語と間違えない
「意気投合」は気持ちが合った瞬間そのものを指す日常語で、相手の人物を見抜いたという含みはない。傾蓋知己は原典が「知ると知らざる」という人物鑑識の文脈にあるぶん、短い時間で相手の価値を認め合ったという評価が入る。「同気相求」は似た者同士が自然と引き合うという性質の話で、出会いの速さそのものは問わない。「肝胆相照」は時間をかけて心の底まで見せ合った関係を指し、傾蓋知己とは要した時間が正反対である。
対義語: 特筆すべき対義語は確認されていない
こんなシーンで使う
出会って間もない相手との縁を、その場で言葉にできる語。聞き手には「この人は自分との出会いを重く受け取ってくれた」と伝わるため、交流会や共同事業の発足など、関係が始まる場の挨拶に収まる。ただし相手がまだ距離を測っている段階で使うと、近さを一方的に宣言した形になり、押しの強さのほうが記憶に残ることがある。読みは「けいがいのちき」で、耳で聞いても「傾蓋」の字は浮かばない。話し言葉で使うなら「車を止めて話しただけで旧知のようになる、という故事です」と一言補うと伝わる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 傾蓋知己の類義語は?
- 程孔傾蓋、意気投合、同気相求
- 傾蓋知己の由来は?
- 「傾蓋」は車のきぬがさを傾ける、つまり道で車を止めて語り合うことをいう。この所作の故事は『孔子家語』致思にある。