背水之陣(はいすいのじん)
川や湖、海などを背にして陣を敷くこと。転じて、退路を断ち、一歩も退けない覚悟で全力を尽くすことのたとえ。一般には「背水の陣」と書く。
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そのまま使える例文
書き初めに「背水之陣」と書き、今年は滑り止めを受けず第一志望一本に絞る覚悟の印として机の前に貼った。
深掘りに備える — 由来
『史記』淮陰侯列伝に見える、漢の将軍・韓信が紀元前204年に趙軍と戦った故事による(故事成語を知る辞典、デジタル大辞泉、精選版日本国語大辞典)。維基文庫の原文では、韓信は「信乃使萬人先行,出,背水陳」と、まず一万の兵を川を背に布陣させ、趙軍はそれを見て大笑いした。
聞かれたら: 「『史記』淮陰侯列伝に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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『史記』淮陰侯列伝に見える、漢の将軍・韓信が紀元前204年に趙軍と戦った故事による(故事成語を知る辞典、デジタル大辞泉、精選版日本国語大辞典)。維基文庫の原文では、韓信は「信乃使萬人先行,出,背水陳」と、まず一万の兵を川を背に布陣させ、趙軍はそれを見て大笑いした。戦勝後の宴で将たちが「兵法は山や丘を背にし、水を前に置けと教えるのに、なぜ水を背にしたのか」と問うと、韓信は「兵法に『陷之死地而後生,置之亡地而後存』とあるではないか」と答え、さらに自軍は寄せ集めの兵で、死地に置いて各自が必死に戦うほかない状況にしたのだと説明した。原文には別に、騎兵二千に趙の砦の旗を漢の赤い旗へ替えさせる策も描かれており、水を背にしただけで勝ったわけではない。なお原文の字は「背水陳」で、「背水の陣」「背水之陣」という四字の形は史記に現れない。日本では『太平記』(14世紀後半)に早い用例がある。
似た語と間違えない
絶体絶命は追い込まれた状況の描写で、背水の陣は自ら退路を断つ態度の描写である点が違う。大辞泉は意味を「絶体絶命の状況の中で全力を尽くすこと」とし、日国は決死の覚悟で戦わせる陣立てと釈す。漢典(中国語の辞書サイト)は近い語に「破釜沉舟」「背城借一」を挙げ、いずれも決戦で自ら退路を断つ語である。単に頑張るの強調ではなく、失敗の許されない条件を選んで臨む点に重心がある。
こんなシーンで使う
試合前の決意表明や書き初めなど、「ここで結果を出す」と宣言する場面で、聞き手に強い本気度を伝える。そのぶん、掲げた以上は退路を断った事実を問われる。面接官は「本当に後がなかったのか」「失敗したらどうしたのか」と確かめやすい語で、準備が万全でないのに使うと見せかけに映る。目標を口にするだけでなく、実際に何を手放したか(期限、他の選択肢など)を一言添えると、深掘りに耐える。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 背水之陣の類義語は?
- 絶体絶命
- 背水之陣の由来は?
- 『史記』淮陰侯列伝に見える、漢の将軍・韓信が紀元前204年に趙軍と戦った故事による(故事成語を知る辞典、デジタル大辞泉、精選版日本国語大辞典)。維基文庫の原文では、韓信は「信乃使萬人先行,出,背水陳」と、まず一万の兵を川を背に布陣させ、趙軍はそれを見て大笑いした。