風林火山(ふうりんかざん)
戦いの動き方を四つの比喩で言い表した句。速く動くときは風のように、静かに構えるときは林のように、攻めるときは火のように、動かないときは山のように、という意味。転じて、時機や情勢に応じて動き方を切り替えることをいう。
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そのまま使える例文
新年の部の目標発表で「今年は風林火山で、攻める時間帯と守る時間帯をはっきり分けて戦います」と述べた。
深掘りに備える — 由来
デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・四字熟語を知る辞典はいずれも、武田信玄が軍旗に用いた『孫子』の句「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」を略したものとする。原文は『孫子』軍争篇にあり、維基文庫の本文では「故兵以詐立、以利動、以分合為変者也。
聞かれたら: 「『孫子』軍争篇「其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不…に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・四字熟語を知る辞典はいずれも、武田信玄が軍旗に用いた『孫子』の句「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」を略したものとする。原文は『孫子』軍争篇にあり、維基文庫の本文では「故兵以詐立、以利動、以分合為変者也。故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷震」と続く。つまり本来は六つの比喩の前半で、信玄の旗に書かれたのはこのうち最初の十四字だけだった。この旗は「孫子の旗」「孫子四如の旗」と呼ばれ、山梨県甲州市の雲峰寺などに現存すると解説されている。甲州の旗の来歴を『甲陽軍鑑』は永禄四年(1561年)の使用開始とするが、確かな記録はなく、いつ作られたかは分かっていない。また、「風林火山」という四字の呼び名そのものは江戸時代の記録に見えず、現代の創作や脚色によるとする見方があり、一部の研究者は井上靖の小説『風林火山』が最初ではないかと推測している。なぜ孫子のこの箇所が選ばれたのかも伝わっていない。
こんなシーンで使う
聞き手はまず武田信玄の旗を思い浮かべるので、口にすると「状況に応じて動き方を変えられる人」という印象が先に立つ。ただし四つの比喩はそれぞれ別の動きを指すため、「風林火山が信条です」とだけ言うと、どの動きを自分がやったのかを面接官に問われやすい。速く動いた場面と、あえて動かなかった場面を一つずつ答えられるようにしておくと、深掘りに耐える。「侵掠如火」は本来、敵地を攻め取る意味なので、穏当な場では「火」を攻めの姿勢と言い換えると角が立たない。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 風林火山の由来は?
- デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・四字熟語を知る辞典はいずれも、武田信玄が軍旗に用いた『孫子』の句「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」を略したものとする。原文は『孫子』軍争篇にあり、維基文庫の本文では「故兵以詐立、以利動、以分合為変者也。