四字熟語

円熟えんじゅく

経験を積み重ね、人格・知識・技芸が角の取れた深みに達すること。

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この語を使ってよい場面◎最適 ○使える △注意
スピーチ人の仕事ぶりを称える挨拶に収まる。何が変わったかを一つ添えたい
面接自称すると「もう伸びない」と読まれる。到達点として置く形なら使える
注意: 到達した状態を評する語。自分に使うと「もう仕上がっている」という宣言に読まれる。

そのまま使える例文

スピーチ

送別の挨拶で「円熟という言葉が似合う仕事ぶりで、難しい案件ほど手数が少なくなっていきました」と述べた。

面接面接で「円熟には程遠いですが、同じ失敗を二度しない手順を残せるようにはなりました」と答えた。
スピーチ就任の挨拶で「円熟にはまだ遠く、まずは現場で判断を重ねます」と述べた。
晩年の作品は表現が円熟し、初期の激しさは影を潜めていた。

深掘りに備える — 由来

出典: 『図絵宝鑑』賞鑒

特定の故事に由来する語ではない。精選版日本国語大辞典は「円熟」の項に漢籍の出典として『図絵宝鑑』賞鑒を挙げる。

聞かれたら: 「『図絵宝鑑』賞鑒に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。

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特定の故事に由来する語ではない。精選版日本国語大辞典は「円熟」の項に漢籍の出典として『図絵宝鑑』賞鑒を挙げる。図絵宝鑑は元の夏文彦が編んだ画人伝で、至正二十五年(一三六五年)の序を持ち、巻一に絵の見方を論じた「賞鑒」の項がある。もとは絵の批評の語彙として使われていたことになる。同辞典の語義は「人格、知識、技芸などが十分に発達して、豊かな内容をもつこと」、普及版字通は「熟達する」とする。日本語の文献での早い例は同辞典が引く『白石先生手簡』(一七二五年頃)八の「数回吟翫候処に、皆々円熟少も存寄無之候」——何度も口ずさんでみたが、どれも円熟していて申し分ない——で、新井白石が寄せられた詩文を評した書簡である。明治以降は夏目漱石『野分』(一九〇七年)六の「円熟して深厚な趣味を体して」のように、人格や趣味の深さを言う語として使われた。字の側では、「円」は旧字「圓」で欠けたところのないまるさを表す。角がなく満ちているという字義が「熟」と組み、練れて丸みを帯びた状態を指す語になっている。

似た語と間違えない

円熟経験を積み重ね、人格・知識・技芸が角の取れた深みに達すること。
大器晩成大きな器がすぐには完成しないように、真にすぐれた人物ほど大成するまでに時間がかかること。
老成
練達

「熟練」が技術の習熟そのものを指すのに対し、「円熟」は「円」の字が示すとおり角が取れて満ちた状態まで含み、人格や趣味にも使える。「大器晩成」が時間をかけてやがて大成するという経過と見通しを言うのに対し、円熟は現時点で達している状態を言う。「老成」が年齢に不相応な落ち着きを指す場合があるのに対し、円熟は積み重ねた年月そのものを前提にする。

対義語: 未熟、青二才

こんなシーンで使う

到達した状態を評する語で、聞き手には「経験を重ねて角が取れた人」という像が届く。人を称える挨拶では、どこが変わったか(手数が減った、判断が速くなった等)を一つ添えると具体になる。一方、自分に使うと「もう仕上がっている」という宣言になり、面接官には伸びしろの無さと読まれる余地がある。面接やESで使うなら「円熟には程遠い」のように到達点として置き、そこへ向けて何を積んでいるかを続けるのが安全。

以下のテーマ・シーンでよく使われます。

よくある質問

円熟の類義語は?
大器晩成、老成、練達
円熟の由来は?
特定の故事に由来する語ではない。精選版日本国語大辞典は「円熟」の項に漢籍の出典として『図絵宝鑑』賞鑒を挙げる。
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