竹馬之友(ちくばのとも)
竹馬に乗って一緒に遊んだ幼い頃からの、古くからの友人。
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そのまま使える例文
結婚披露宴の友人代表スピーチで「新郎とは小学校の入学式で隣の席になって以来の竹馬之友です」と自己紹介した。
深掘りに備える — 由来
『晋書』殷浩伝に見える、東晋の桓温と殷浩の故事に基づく。二人は若い頃から並び称されたが、桓温は内心で殷浩と張り合っていた。
聞かれたら: 「『晋書』殷浩伝に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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『晋書』殷浩伝に見える、東晋の桓温と殷浩の故事に基づく。二人は若い頃から並び称されたが、桓温は内心で殷浩と張り合っていた。殷浩が北伐に失敗して官位を奪われ庶人に落とされたのち、桓温は人々に「幼い頃、殷浩と一緒に竹馬で遊んだが、私が乗り捨てた竹馬を殷浩はいつも拾って使っていた。だから彼が私の下に立つのは当然だ」という意味のことを語ったという。つまり原典では、幼なじみを懐かしむ話ではなく、自分の優位を示すために相手の幼い頃を持ち出した話である。ここでいう「竹馬」は、日本で足を乗せて歩く竹馬ではなく、竹の棒にまたがって馬に見立てる子どもの遊び道具を指す(故事成語を知る辞典)。日本では否定的な含みが落ち、幼い頃から親しくしている友人の意で定着した。精選版日本国語大辞典は雑俳『軽口頓作』(一七〇九年)の用例を挙げ、近代では太宰治『走れメロス』(一九四〇年)の「メロスには竹馬の友があった」がよく知られる。
似た語と間違えない
「総角之好」も幼い頃からの親しい交わりを言うが、なじみの薄い表現で、聞き手が一度で分かるのは「竹馬之友」のほうである。「管鮑之交」や「刎頸之交」が信頼や覚悟の深さを言うのに対し、竹馬之友は付き合いの長さと始まりの早さに重心があり、親密さの度合いまでは含まない。
こんなシーンで使う
結婚披露宴の友人代表や、同窓会・祝いの席での挨拶で、相手との付き合いの長さを一言で示す語として使いやすい。聞き手には「子どもの頃からの長い付き合いなのだ」という関係の深さが伝わり、続くエピソードに説得力が出る。原典は桓温がライバルを見下すために語った話なので、由来まで紹介するなら「もとは相手を見下す話だったが、今は幼なじみを指す」と正直に添えるほうが、聞き手に誤解を与えない。晴れの場で由来を長く語る必要はない。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 竹馬之友の類義語は?
- 総角之好、幼なじみ
- 竹馬之友の由来は?
- 『晋書』殷浩伝に見える、東晋の桓温と殷浩の故事に基づく。二人は若い頃から並び称されたが、桓温は内心で殷浩と張り合っていた。