晴耕雨読(せいこううどく)
晴れた日には外に出て田畑を耕し、雨の日には家にこもって読書をすること。世間のわずらわしさから離れ、悠々自適に暮らす境遇をいう。
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そのまま使える例文
定年退職の挨拶で「これからは晴耕雨読とまではいきませんが、週末は畑に出て、雨の日に積んだ本を読みます」と話した。
深掘りに備える — 由来
この語の出典は特定されていない。デジタル大辞泉、精選版日本国語大辞典、四字熟語を知る辞典のいずれにも、典拠となる漢籍や故事の記載はない。
聞かれたら: 「この語の出典は特定されていない。」と正直に答えるのが最も強い。
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この語の出典は特定されていない。デジタル大辞泉、精選版日本国語大辞典、四字熟語を知る辞典のいずれにも、典拠となる漢籍や故事の記載はない。精選版日本国語大辞典が挙げる初出の実例は、河合栄治郎編『学生と読書』(1938年)の岸田日出刀の一文で、そこでは「雨ふれば四囲おのづから静かで読書に適する環境と心境とに」と、雨の日の静けさが読書に向くという文脈で使われている。辞典に載る最古の例がそうだというだけで、成立がその時期とは言えない。字義は、「晴」と「雨」の対、「耕」と「読」の対で、天気によって仕事と学びを切り替える暮らしを四字で示す構造になっている。四字熟語を知る辞典の使用例(上林暁『擬宝珠庵』1946年)には、晴耕雨読を都会の知識人の甘い感傷と見る語り手の言葉もあり、1946年の用例にもあるように、実際の農作業の厳しさと並べて理想化を戒める使われ方もある。
似た語と間違えない
悠々自適が過ごし方を特定せず、わずらわされていない状態だけを言うのに対し、晴耕雨読は「晴れは畑、雨は本」という具体的な暮らしの型まで描く。大辞泉の悠々自適の類語欄、日国と四字熟語を知る辞典の晴耕雨読の釈義が、互いを結ぶ根拠である。ただし晴耕雨読は労働と学びの両方を含むため、何もしない隠居という含みはなく、むしろ手を動かす日課を持つ点が違う。聞き手が思い浮かべるのも、のんびり寝て暮らす像ではなく、天気に合わせて動く規則正しい一日である。
こんなシーンで使う
退職の挨拶や転居の知らせなど、これからの暮らし方を語る場面で、聞き手には落ち着いた、ゆったりした人柄が届く。ただし面接やESで座右の銘として挙げると、仕事への意欲を問う場では引退後の暮らしを語る言葉に聞こえ、面接官に「働く姿勢を語っていない」と受け取られやすい。休日の過ごし方の自己紹介として軽く使うぶんには角が立たないが、実際に畑も読書もしていないと、話を広げられて詰まる。都会生活の人が使うと、実態の伴わない憧れの表明に響く。
よくある質問
- 晴耕雨読の類義語は?
- 悠々自適
- 晴耕雨読の由来は?
- この語の出典は特定されていない。デジタル大辞泉、精選版日本国語大辞典、四字熟語を知る辞典のいずれにも、典拠となる漢籍や故事の記載はない。