四字熟語
因果応報(いんがおうほう)
仏教語で、過去や前世の善悪の行いが原因となり、その報いとして現在に善悪の結果がもたらされること。現在は、悪い行いの報いの意で使われることが多い。
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由来
仏教に由来する語で、善い行いには善い報い、悪い行いには悪い報いが返る、という因果の考え方を指す。改訂新版世界大百科事典は、「因果報応」ともいい、言葉としては『大唐慈恩寺三蔵法師伝』に見えると説く。維基文庫の同書巻七には、貞観二十三年(649年)夏、唐の太宗が翠微宮で玄奘に「因果報応」を問うた、と記される。原文の字面は「因果報応」で、「因果応報」の順ではないが、四字熟語辞典オンラインもこの書の巻七を出典とする。同百科事典によれば、仏教説話はおしなべて因果応報の色彩を帯び、日本でも平安時代初頭の『日本霊異記』に例が多い。一方で現状肯定やあきらめの空気も生んだとされ、親鸞の悪人正機説がこの善因善果・悪因悪果の考えを転換させた、とも述べる。精選版日本国語大辞典が初出の実例に挙げるのは仮名垣魯文『安愚楽鍋』(1871〜72年)で、同辞典は本来の意味に加え、現在は悪因悪果の意で使うことが多いとも注記している。
例文
- 新年の目標宣言で、「今年は因果応報の本来の意味どおり、まず自分から信用を積みます」と述べた。
- 面接で「座右の銘は因果応報です」と答え、善い行いは巡って自分に返ると信じて、まず自分から約束を守っている、と続けた。
- 長年の不正が発覚して取引を打ち切られたのは、因果応報というほかない。
- 「あれだけ周りを振り回したのだから、今になって誰も助けてくれないのは因果応報だね」と古い同僚が漏らした。
類義語・対義語
「善因善果」「悪因悪果」は因果応報を善い側と悪い側に切り分けた言い方で、因果応報はその両方を含む親の語である。「勧善懲悪」は善を勧め悪を懲らしめるという教訓の姿勢で、世界大百科事典は因果応報の教えが結果的にその役割を果たしたとする。因果応報が理法そのものを言うのに対し、勧善懲悪は教える側の目的を言う。「因果はめぐる糸車」はWeblio類語が並べる和語の言い回しで、巡り巡って返ってくるという時間の長さを糸車で表す。
こんなシーンで使う
日常では悪い報いを指す響きが強く、誰かに向けて言うと「ざまを見ろ」と受け取られかねない。病気や弔事、他人の不幸の場面で口にするのは避けたほうがよく、仏教語なので宗教色を感じる聴衆もいる。座右の銘や目標として自分のことに使うなら、善い行いが善い結果になって返るという側から語ると面接官にも前向きに聞こえ、その根拠になる自分の行動を一つ添えると深掘りに耐える。
よくある質問
- 因果応報の類義語は?
- 自業自得、悪因悪果、善因善果
- 因果応報の由来は?
- 仏教に由来する語で、善い行いには善い報い、悪い行いには悪い報いが返る、という因果の考え方を指す。改訂新版世界大百科事典は、「因果報応」ともいい、言葉としては『大唐慈恩寺三蔵法師伝』に見えると説く。