破鏡重円(はきょうじゅうえん)
一度離れ離れになった夫婦や恋人が、再びめぐり会って結ばれること。
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そのまま使える例文
復縁を報告する席で、友人が「破鏡重円という言葉があります」と切り出して祝いを述べた。
深掘りに備える — 由来
唐の孟棨が編んだ『本事詩』の「情感第一」に載る、徐徳言と楽昌公主の話に由来する(台湾教育部『成語典』。原文は維基文庫で確認)。
聞かれたら: 「唐・孟棨『本事詩』情感第一に由来する言葉です」と出典を一言添えられると強い。
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唐の孟棨が編んだ『本事詩』の「情感第一」に載る、徐徳言と楽昌公主の話に由来する(台湾教育部『成語典』。原文は維基文庫で確認)。『本事詩』は詩が詠まれた事情を集めた書で、光啓二年(八八六年)の自序がある。この話は宋代の類書『太平広記』巻一六六にも「本事詩に出づ」として収められ、四字熟語辞典オンラインはこちらを出典に挙げる。陳の太子舎人・徐徳言の妻は、陳の後主叔宝の妹で楽昌公主に封じられていた。国が乱れ、夫婦が添い遂げられないと悟った徳言は、国が滅べばあなたは権勢ある家に入るだろう、縁が尽きていなければ再会したい、と言って鏡を一枚割り、半分ずつ持った。そして「いつか正月十五日に都の市で売りに出せ、私はその日に訪ねる」と約した。陳が滅ぶと、公主は隋の越国公・楊素の家に入り、厚く寵愛された。流浪の末に都へたどり着いた徳言が正月十五日に市を訪ねると、半分の鏡を法外な値で売る下男がいて、人々に笑われていた。徳言は下男を住まいに連れ帰って事情を話し、自分の半分と合わせ、「鏡は人と倶に去り、鏡は帰るも人は帰らず」で始まる詩を書きつけた。詩を見た公主は泣いて食を断ち、知った楊素は心を痛めて徳言を呼び、妻を返して手厚く贈り物をした。公主は徳言とともに江南へ帰り、そこで生涯を終えたという。割れた鏡が再び円くなるという字義が、そのまま結末を指す。
こんなシーンで使う
別れた二人が再び結ばれたことを、当人の事情に立ち入らずに祝える語。ただし聞き手には「一度は別れがあった」という前提も同時に伝わるため、当人が公にしていない離別を人前で口にすることになりかねない。祝いの席で使うなら、当人がすでに事情を語ったあとに受ける形が無難。まだ復縁していない段階で「破鏡重円を願う」と使えば、願望の表明として成立する。コトバンクに収録された国語辞典(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)には見出しが見当たらない語である。耳で聞いて「はきょうじゅうえん」と分かる人は多くないので、口頭では「割れた鏡がまた円くなる、という意味の言葉です」と添えると聴衆に届く。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 破鏡重円の由来は?
- 唐の孟棨が編んだ『本事詩』の「情感第一」に載る、徐徳言と楽昌公主の話に由来する(台湾教育部『成語典』。原文は維基文庫で確認)。