四字熟語
愛別離苦(あいべつりく)
愛する人といずれ別れなければならない、避けられない苦しみ。仏教が説く四苦八苦のひとつ。
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由来
仏教の術語で、八苦のひとつ。生・老・病・死の四苦に、愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦の四つを加えたものを八苦と呼ぶ(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典「八苦」)。意味は「愛するものと別離する苦しみ」で、死別に限らず生き別れも含み、さらに愛する存在と一緒にいられないという状態そのものまで指す(新纂浄土宗大辞典。サンスクリット語 priya-vinā-bhāva-duḥkha などの訳語で、「恩愛別離苦」とも訳される)。出典として挙げる経典は辞典によって異なり、四字熟語辞典オンラインは『大般涅槃経』を出典に立て、精選版日本国語大辞典と四字熟語を知る辞典は『法華経』譬喩品を参考に挙げる。八苦を列挙する経文は『中阿含経』巻七にも見え(維基文庫)、『大般涅槃経』巻十二は愛の因縁によって憂いや苦しみが生じると説く。特定の一経に帰せられる語ではなく、初期仏典から広く説かれた苦の分類名である。日本語の用例は源信『往生要集』(九八四〜八五年)が早く(精選版日本国語大辞典)、「八苦」の語自体は同辞典が『法華義疏』(七世紀前半)を初出に挙げる。中国の故事や特定の人物の発言に由来する多くの四字熟語と違い、「誰の言葉か」を特定できる種類の出典を持たない。台湾教育部『重編国語辞典修訂本』も「仏教用語。八苦之一」と立項し、中国語でもそのまま通じる。
例文
- 追悼の挨拶で「愛別離苦と申しますが、覚悟していてもなお堪えるものです」と述べた。
- 卒業式で担任が「愛別離苦は誰にも避けられません。だからこそ、別れは次に会うための区切りでもあります」と語った。
- 転勤で家族と離れて暮らすことになり、愛別離苦という言葉を初めて実感した。
- その小説は、愛別離苦をどう受け止めるかという一点をめぐって進む。
類義語・対義語
「会者定離」が、会った者はいつか必ず離れるという法則そのものを述べるのに対し、「愛別離苦」はその別れが苦しみとして人に降りかかる側面に重心がある。四字熟語を知る辞典は「愛別離苦、会者定離」を対句として挙げる。「生者必滅」は死という一点に限られ、辞典では「生者必滅、会者定離」と並べて引かれることが多く(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、愛別離苦と直接結びつける辞典は見当たらない。八苦の中では、憎い相手と会わねばならない苦しみを指す「怨憎会苦」と組になる位置にあり、四字熟語辞典オンラインとWeblio類語辞典はこれを対義語に立てる。
こんなシーンで使う
別れのつらさを、自分ひとりの感情ではなく「誰にも避けられない苦しみ」として言い直せる語。弔辞や送別の挨拶で使うと、聞き手にとっては自分の悲しみも同じ枠に入るため、慰めとして届きやすい。ただし仏教語なので、場や相手の宗教的な背景は選ぶ。失恋や短期の別離のような軽い場面に当てると、聞き手には大げさに響く。卒業式や離任の挨拶で使うなら、「愛別離苦は避けられない」で止めずに、別れを次に会うための区切りと言い換えて前を向かせる形にすると、聴衆に重さだけが残らない。読みは「あいべつりく」で、「苦」を呉音で「く」と読む。口頭では「あいべつ、りく」と区切ると聞き取りやすく、「愛する人との別れの苦しみ」と一言添えれば仏教語を知らない相手にも伝わる。面接やESで座右の銘として挙げる語ではなく、自分の経験を語る文脈では「大切な人との別れを経験して」と平易に言うほうが伝わる。
以下のテーマ・シーンでよく使われます。
よくある質問
- 愛別離苦の類義語は?
- 会者定離
- 愛別離苦の由来は?
- 仏教の術語で、八苦のひとつ。生・老・病・死の四苦に、愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦の四つを加えたものを八苦と呼ぶ(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典「八苦」)。