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「達観」の意味と使い方・例文・「諦観」「諦め」との違いまとめ

投稿日:2017年10月17日 更新日:

<この記事を読むのに必要な時間は約 4 分です>

「達観」(読み方:「たっかん」)という言葉は、「~を達観する」という形でよく用いられています。

とはいえ、この言葉は具体的にどのようなことを表しているのか、また近い意味のある「諦観」「諦め」とどのような違いがあるのかという疑問を抱くこともあるかもしれません。

そこで、ここでは「達観」の意味と使い方、また「諦観」「諦め」との違いについて説明していきます。

 

「達観」の意味と使い方・例文・「諦観」「諦め」との違い

それでは、以下に「達観」の意味と使い方、また「諦観」「諦め」との違いを説明します。

 

意味

まず、「達観」には「広く全体を見通すこと」「物事の真理を悟ること、超然とした心境に達すること」という意味があり、「広い視野で物事全体の成り行きを見通すこと」「物事にこだわらず、悟りの心境に達すること」を表します。

 

使い方・例文

次に、「達観」の使い方を例文を使って見ていきます。

この言葉は、たとえば以下のように用いることができます。

  • 「若い時分より辛苦をなめ人生経験が豊富な彼は、若くして達観しているように感じられた」
  • 「転職を考えていることを職場の先輩に打ち明けたところ、この業界は転職しても条件や環境にはあまり大差がないと達観したように言われた」
  • 「時勢を達観して、年金制度は当てにせず貯金に励むことにしている」
  • 「彼は若いのに何事もこんなものだと達観したような素振りがある」

 

「諦観」「諦め」との違い

次に、似た意味を表す「諦観」「諦め」という語との違いについて見ていきます。

まず、これらの語の意味を簡単にいうと、「諦観」は「物事の本質を見極めること」「悟り諦めて超然とすること」、「諦め」は「思い切ること」を表します。

そして、「諦観」「諦め」と「達観」の使い方を比較すると以下のようになります。

  • 「諦観」:「彼はしばらく不運な出来事が重なっていたが、最近ではこれも運命と諦観するようになった」(彼はしばらく不運な出来事が重なっていたが、最近では運命と諦めてそれに振り回されなくなった)
  • 「諦め」:「順調とは言い難いが、ここで諦めるのはまだ早い」(順調とは言い難いが、ここで断念するのはまだ早い)
  • 「達観」:「彼女は逆境の中で育ってきたためか人生を達観しているところがある」(彼女は逆境の中で育ってきたためか、細かいことにはとらわれず悟りの境地に達しているようなところがある)

つまり、「諦観」は「悟り諦めてそれにこだわらないこと」、「諦め」は「何かを断念する、仕方がないとしてその状況を受け入れること」、「達観」は「物事にこだわらず、悟りの心境にいたること」を表すというニュアンスの違いがあります。

 

まとめ

以上、「達観」の意味と使い方、「諦観」「諦め」との違いについてまとめました。

「達観」は「広く物事を見通すこと」「物事にとらわれず、悟りの心境に達すること」を表します。

それに対して、「諦観」「諦め」は、「悟り諦めて超然とする」「物事を断念する、諦める」ことを表し、文字のとおりにどちらも諦めるというニュアンスが含まれます。

それぞれ微妙に異なる意味があるため、意識して使い分けるようにすると良さそうです。

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