「行雲流水」の意味と使い方・例文・類義語まとめ

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「行雲流水」(読み方:「こううんりゅうすい」)という言葉は、「行雲流水の境地」などの形でよく用いられています。

しかしながら、具体的にこの言葉がどのようなことを表すのか、また他に似た意味のある語にはどのようなものがあるのか、中には疑問が浮かぶことがあるかもしれません。

そこで、ここでは「行雲流水」の意味と使い方、類義語を説明していきます。

 

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「行雲流水」の意味と使い方・例文・類義語

それでは、以下に「行雲流水」の意味と使い方、また類義語との違いを説明します。

 

意味

まず、「行雲流水」には以下のような意味があります。

空をゆく雲と流れる水。すなわち、一点の執着なく、物に応じ事に従って行動すること。

出典:広辞苑 第6版(発行所)「行雲流水」

つまり、「雲と流れる水」を表し、「何かに執着することなく物事の成り行きに任せて行動すること」を例えていう語となっています。

 

使い方・例文

次に、「行雲流水」の使い方を例文を使って見ていきます。

この言葉は、たとえば以下のように用いることができます。

  • 「当て所のない旅に出て、その時々の人との出会いや成り行きに身を任せる行雲流水のような日々を送る」
  • 「一切の煩悩や執着をなくした行雲流水の境地に憧れを抱く」
  • 「起こった出来事に腹を立てることも嘆くこともなく、何にもこだわらずただ淡々と生きる彼女には行雲流水というべきしなやかさがある」
  • 「どんな環境や境遇に身をおいてもそこにうまく適応する彼は、行雲流水の心を実践している人だ」

 

類義語

次に、「行雲流水」の類義語について見ていきます。

この言葉と似た意味のある語には、以下のようなものが挙げられます。

 

雲煙過眼(うんえんかがん)

まず、「雲煙過眼」には以下の意味があります。

雲烟が目前を過ぎるのに心を動かさないように、物事に深く執着しないこと。

出典:広辞苑 第6版「雲煙過眼」

つまり、「(短い間に目の前を通り過ぎる雲や煙を見ても、それが長く心に残らないことと同じように)物事を長く心に留めておかないことをいい、以下のように用いることができます。

  • 「彼は自分の作品を批判されても雲煙過眼の心境で受け流し、それによって作風を変えるようなことはしなかった」
  • 「社内で流れたリストラの噂はひとしきり社内を騒然とさせたが、彼はなるようになるさと言って雲煙過眼のごとくすぐに日常業務に戻っていった」

 

虚心坦懐(きょしんたんかい)

次に、「虚心坦懐」には以下の意味があります。

心に何のわだかまりもなく、さっぱりしていて平らな心。また、そうした心で物事に臨むさま。虚心平気。

出典:広辞苑 第6版「雲煙過眼」

つまり、「不満や不信などの感情にこだわることがなく、気持ちがさっぱりとしている様子」をいい、以下のように用いることができます。

  • 「彼は私の話に対していつも虚心坦懐に耳を傾けるため、彼との間にコミュニケーションギャップを感じることがない」
  • 「夫婦だけではなく子どもにも大きく影響するため、彼は離婚に際して努めて感情的にならず虚心坦懐に構えることにした」

 

まとめ

以上、「行雲流水」の意味と使い方、類義語についてまとめました。

この言葉は「空を行く雲と流れる水」を表し、何事かに執着をせず物事の成り行きに従って行動することの例えとして用いられています。

また、近い意味の語に「雲煙過眼」「虚心坦懐」がありますが、この場合には「物事に深く執着しないこと」「心にわだかまりがなくさっぱりしているしている様子」を表します。

それぞれ、何かに執着したりこだわったりしないある種の境地に達したような心境や、心につかえている良くない感情がないさっぱりとした気持ちについていう場合に用いることができるため、その場面に応じて近いニュアンスの語を使い分けることができます。